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『舎利弗の真実』解説 INDEX

種村修
 
種村修『舎利弗の真実』解説


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http://sakurakaory.blog.fc2.com/?cat=14


  †INDEX†

*a0 被害者女性Yさん秘話
*a1 種村私信 舎利弗返上
*a2 種村私信の想い

*0 始めるにあたって
*1 高橋信次の認定?
*2 誘導話法と印象操作
*3 高橋信次と霊言の信用
*4 告発の真意 還俗の経緯
*5 生活に困ってはいない
*6 過去世は教団運営
*7 舎利弗と大目蓮
*8 大川隆法の悟り
*9 エンリル降格と種村懺悔
*10 大川の悲しい権威付け
*11 生活苦ときょう子さん
*12 還俗後の信仰 自問自答
*13 布施返還訴訟の真実
*14 種村守護霊 偽物の理由
*15 生長の家について
*16 聖使命会員 京大 教祖願望
*17 教団は大川の財産
*18 ダイバダッタの可能性
*19 タイプ論 大川と偽守護霊
*20 ダイバダッタ擁護の理由
*21 教団犠牲者を減らしたい
*22 簡単に看破れます
*23 大川の猜疑心と嫉妬
*24 除名の権限と責任回避
*25 きょう子さんとの関係
*26 還俗の原因
*27 大川隆法との訣別宣言
*28 大川の乗っ取られ妄想
*29 托鉢勧進の意味
*30 カウンセリングへの侮辱
*31 大川の致命的な捏造
*32 除名の経緯と退会の勧め
*33 大川の正体
*34 女性問題の隠蔽
*35 大川の本音 カッコイイ俺
*36 ダイバダッタ礼讃の真意
*37 長男の出来も人のせい
*38 感謝と後悔
*39 弟子が育たない理由
*40 お詫びしたいこと
*41 私の家族への中傷
*42 信者100人ベンツが買える
*43 出家のいきさつ
*44 釈迦の生まれ代わりも嘘
*45 過去世認定の返上
*46 過去世認定の罪
*47 教団の列車は危ない
*48 最初から破綻してる論理
*49 舎利弗も大川の表面意識
*50 信仰は100%と正当な批判
*51 過去世認定の裏舞台
*52 表面意識の成りすまし
*53 不都合な真実のすり替え
*54 斎藤敏之への名刺
*55 誰が毒麦なのか
*56 まえがきに寄せて

*57 あとがきに代えて

*a4 名誉毀損 大川も被告


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  †NOTES†

・種村さんブログはPC環境が適しているようなので、携帯ユーザーにも見やすいようにするためと、種村さん記事が増えたので『舎利弗の真実』解説の部分に直接リンクできるように転載させて頂きました。無断転載ですみません

・明らかな誤字と思われるものだけ適宜修正しました

・INDEX(目次)は内容が分かるように、ご本人の表題と少し変えてあります


◆情報元
*種村修 真実を語る
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_12.html
 
 
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種村氏Yさん秘話

種村ブログ 既に削除
2012年8月28日
番外編a0
《10年以上前の大川隆法氏の女性問題を今まで黙っていた理由》

先日、ある読者の方からお電話で言われました。
「Yさんに対する大川隆法氏の不倫問題を、今年になるまで黙っていたのは、どうしてだったのですか。最初にその問題を知ったときは、どう思われたのですか。それが疑問なのです。その点を書くべきだと思います」
この点は、私のブログを読んでくださった方が疑問に感じられるのですから、きちんと説明する必要があると思いました。

私とYさんとの再会は1999年でした。私がこの年の夏、還俗する事になって数日後に、Yさんから「また話せるから嬉しい」というFAXがありました。私の還俗を喜んでくださる第一号でした。

彼女は元職員のTさんと再婚されており、以前、正心館にお二人が来られたときに、すごく嬉しくて、歓迎させて頂いたことがありました。もともと、彼女とはとても気心が合いましたので、彼女も私が職員を辞めたので、昔のように親しく交流出来ると思って期待してくださいました。

大川隆法氏は、もともとYさんには好意を持っていたと思います。彼女が教団の草創期、西荻窪に事務所があった頃に採用されたときの事をよく覚えています。大川隆法氏は彼女を採用することを私に告げられた時に「この人だったら職員として入ってもらっても恥ずかしくないよね」と嬉しそうに私を見て言われました。その時のことがすごく印象的で「ああ、Yさんを採用したことが、よほど嬉しいのだな。彼女に好意をもたれているのだな。」と感じました。

Yさんの御主人からパソコンを買わして頂いたこともありました。その時は、Yさん御夫妻が滋賀の自宅に来て下さり、御主人が設定をして下さいました。そういうこともあり、とても親しく家族ぐるみのお付き合いがありました。

1999年の12月でした。Yさんからは「折り入って話したいことがある」と、電話で言われました。
「今まで誰にも言えなかったことで、心の傷として残っているが、種村さんだったら癒してもらえると思うので話したい」ということでした。私は「果たして私にそんな役目が出来るだろうか」と不安を感じつつも、彼女の新大久保のマンションへ、滋賀から出かけていきました。
最初は御夫妻と歓談しましたが、いよいよ問題の核心に入るということで、御主人は別の部屋に移られ、彼女と一対一でお話を伺いました。

1997年の夏に、彼女は宇都宮で大川隆法氏の私邸にて秘書として働いていました。直接の上司は医師でもあるM局長した。彼女がそこを逃げるようにして飛び出して、以後、自宅にこもりっきりで寝たきり状態になったいきさつが語られました。

すでに週刊文春に公になったことですので、詳細は触れませんが、要するに大川隆法氏とベッドを共にしたものの、さまざまな心の葛藤に耐え切れなくなって、M真杉?局長に相談したところ、M局長からは「逃げなさい」と勧められたので、職場を逃げ出したということでした。


その時に私は、次のことが特に強く印象に残りました。

①過去世を使っての説得があった

大川隆法氏はYさんを釈迦の第一夫人のヤショーダラ妃と、彼女に言っていました。したがってヤショダラ妃がYさんの守護霊だと言われていました。そして、要するに「ヤショーダラ妃が仏陀・大川隆法氏と性的な関係を結んで、仏陀・大川隆法氏を癒すように希望している」という趣旨のことをYさんは聞かされたのです。Yさんは、守護霊であるヤショーダラ妃がそう言っていると聞かされても、自分の思いとは、まるで違うことを言われるので当惑したようです。当時は、大川隆法氏はいつもYさんの守護霊と話して、守護霊がこう言っていると伝えていたようですが、Yさんにしてみれば「守護霊の意見と私の気持ちは全く違う。先生は私のいうことを少しも聞いてくださらないで、守護霊とばかり話しをしている」と不満に思ったと、私に教えてくれました。


②ベッドを共にしたあと大川隆法氏がYさんに合掌した

彼女が一番混乱したのは、セックスを終えた後、大川隆法氏が彼女に対して合掌し、感謝の気持ちを表現されたことでした。その時の気持ちは複雑で「仏陀が私のような罪深いものに合掌して下さっている。そんな資格は私には無いのに」という罪悪感が湧いたと言われました。その心の混乱は結構、激しかったように感じました。


③Yさんの葛藤

Yさんが逃げ出したのは、自分がいると奥様に悪いことをしてしまうから、自分がいなくなったほうがいいのだという気持ちが、まずあったようです。それに彼女には当時、結婚を考えていた男性がいたので、その人への罪意識は当然ありました。そして大川隆法氏が合掌したことへの上記の葛藤もあったようです。さまざまな葛藤で胸が張りさけそうになって、M局長に相談したそうです。そしたら「逃げなさい。後のことは私に任せなさい。」という言葉で、逃走したのです。大川隆法氏からの連絡が来ないように、自宅の電話線も引き抜きました。しかし、逃げ出した事により、仏陀の指示にそむいて逃げ出したという罪悪感も追加されたようでした。


④Yさんの嗚咽

Yさんはどのような行為があったのかも、私に教えてくれましたが、仏陀と信じている大川隆法氏を一生懸命に真心込めて癒そうとされた印象を強く受けました。しかし突然嗚咽が始まりました。今まで溜まっていた悲しみ、葛藤、そうした抑圧された感情が堰を切ったように涙となって溢れてきました。慟哭というか、体を揺らしての激しい嗚咽の涙です。呆然と見守るしかありませんでした。

その時の印象ではものすごく長時間泣かれていたような感じを持ちました。

私はYさんに、次のように言いました。「守護霊のヤショーダラ妃がそう申し出たと言うことは、天上界がよほどそれが必要と判断されるような事情があったに違いないから、そういう関係になったこと自体で、自分を責める必要は無いと思います。合掌されたということは、よほど大川隆法氏が癒されたのでしょうから、その感謝の気持ちは素直に受け止められていいのではないでしょうか。教団から逃げ出したことは、M局長に相談された上で指示でもあるし、あなたには約束していた方がいたのだから、止むを得ないことで、
自分を責める必要は無いと思います」

この時には、私の中に大川隆法氏の行動をおかしいと思う気持ちは起きなかったのです。守護霊のヤショーダラ妃がそう言ったという事を完全に私も信じたからです。きっと何か天上界で、そういう必要を感じられて、そういう事になったのだろうと、信仰心で受け止めてしまったからです。

「何か深いお考えや、計り知れないご事情があるに違いない」と考えたのです。これは洗脳状態に特徴的な思考停止をまねくフレーズです。私はただ、彼女の罪悪感が癒える事だけを願っていました。

この時にYさんは終わったあとに「このことは誰にも言う必要は無いからね」と大川隆法氏から口止めされたと聞きましたので、私も黙っていました。その後の彼女は、明るさを取り戻されたように感じましたので、私はお話を伺ってよかったと思っていました。

私が、大川隆法氏に疑問を持ち始めたのは、まだ最近のことなのです。疑問を持ったきっかけの一つは、大川隆法氏がヤショーダラ妃を長女の過去世であると言い出した事です。私は耳を疑いました。もしそちらが真実なら、一体、大川隆法氏がYさんに言ったことは何だったのか、という疑問が起きました。私はYさんの守護霊のヤショーダラが自分で申し出たと言うので、そういう特別な事情が何かあったのだろうと、天上界の判断だと思って信じていたのです。

しかし、ヤショーダラ妃が長女であるとなると、大川隆法氏のしたことは詐欺です。教祖が霊の声を偽ってセックスを職員の女性に強要したという犯罪になります。過去世が間違うなら、大川隆法氏は自分が釈迦の生まれ変わりだと言っていたのですから、自分の奥さんも分からないような仏陀がいるのかという疑問も起きました。

それとも、ヤショーダラ妃を名乗って悪魔が大川隆法氏をそそのかせたのではないかとも考えました。私は大川隆法氏が意図的に騙しのテクニックを使う人物だとは考えることが出来なかったので、当時、大川隆法氏は霊障だったのだという判断に傾きました。

しかし、霊障になる仏陀というのはありえませんので、私はその段階で思考停止になりました。⇒


種村氏Yさん秘話 続


決定的だったのは、別の方の性的被害を聞いたときでした。

2009年に選挙の折に随行していた若い女性秘書に、ホテルで何らかの性的なアプローチがあり、その結果、その女性は翌朝自宅へ逃げ帰ったという話を知ってしまったのです。

その方のお母さんのお話なので、私は信じないわけにはいきませんでした。その家族は、御両親も姉も退会され、御本尊も祭壇もずたずたにしたと聞きました。また、その方にお話を聞いてお辞めになった方が大勢いらっしゃるということも知りました。

そのお母さんが余り周りに話をしないようにと、長く秘書をしているM氏が口止めをしようとしたものの、母親の剣幕に押されて退散したという話も知りました。

私は大川隆法氏が異常な行動を継続的に行っていることを知るに至りました。それまでは、大川きょう子さんが週刊誌で発表された内容を信じていなくて、週刊文春に抗議の手紙を書いていたほどです。教団側の洗脳に深く侵食されていましたので、そういう状態でした。

その私が変わったのは、やはり2009年の被害者の方の存在を知ったことでした。その時初めて、私は大川隆法氏自体がおかしいという認識を明確に持ったのです。

私は、知ったものの責任として、大川隆法氏に対して反省を求める意見具申をする決意をしました。今年(2012年)の2月頃です。

そのころ大川隆法氏の行状を知った会員さんが、納骨壇のキャンセルをしたいということで、購入の際に支払ったお金を返してもらいたいという話が出て、支部や那須精舎に相談をされていました。すると「お布施なので返せません」という決まり文句が返ってくるのみで、中には支部長から「お布施の返還を求めるのは教団を敵に回すことよ」という恫喝をされた方もいました。

この方々は仕方なく消費者センターにも相談されましたが、弁護士を紹介されただけでした。結局、裁判になったのですが、私は幸福の科学で布施が尊いのは三輪清浄ゆえに尊いと言ってきたので、受者たる大川隆法氏がここまで穢れている以上は、そもそも布施として無効であると思いました。そこで、私はそのことを陳述書として提出することで、この裁判を側面支援させていただく事にしました。

大川隆法氏への手紙は最初は弁護士から教団に送ってもらった(無視されないようにと考えての事です)のですが、「事実無根」「慢心」だとして、私に広報局から否定する内容の文章が届きました。大川隆法氏にも手紙が届いていないようでした。それで私は、大川隆法氏が否定できない事実をなるべく詳細に書いて、被害者の救済と納骨壇等のお金の返還を勧告する手紙を4月4日に、大悟館へ配達証明で送りました。

その手紙が着いたのは4月5日ですが、奇しくもこの日に布施の返還訴訟が提訴されていました。これは不思議な偶然の一致(共時性)だと感じました。なお、手紙が届いた4月5日付けで、私は幸福の科学から除名になりました。

その後、週刊文春がこの手紙の存在を知る事になり、世に出る事になりました。私は被害者の拡大を防ぐために、週刊誌に出ることはむしろ必要なことだと思いましたので、取材に協力する事にしました。

しかし、この記事が出る前に、私は、Yさんともう一度連絡を取って、彼女の了解を頂きたいと思いました。そして、新大久保のマンショアンも探し当てたのですが、引っ越されていました。引越し先も探したのですが、分かりません。

私はYさんにお伝えしたいことがあります。私はYさんの出来事は、大川隆法氏の犯罪的な行為を明るみに出し、これ以上被害を広げないために、本当に大きな犠牲であったと思います。Yさんの存在に感謝されている方は、非常に沢山おられます。私はYさんの傷ついた心を癒すためのお手伝いをさせていただきたいと思います。Yさんから連絡を頂くことを、私は心からお待ちしております。

私の連絡先は下記のところです。

tanemura1956@gmail.com

投稿者 種村修 時刻 :11:53

種村修ブログ 既に削除
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/08/blog-post_4568.html



情報元(補逸Thanks)
獏論[幸福の科学アラカルト]
http://spiruna.blog89.fc2.com/


『舎利弗の真実』解説a1

2012年7月12日 木
番外編a1 シャーリプトラ(舎利弗)の過去世は自分で辞退していました

 私は大川隆法総裁に「親展」で、「信仰が傷つき苦しむ人々の声に耳を傾けてあげてください」という手紙を送りました。(2012年4月4日投函)

 その中で、私の過去世認定に関して、大川隆法氏に返上しております。大川隆法氏の過去世認定が、実はほとんど信用できないということを、この時点で私が確信していたからです。

 この手紙を書いた時点では、まだ師と弟子という関係は保たれた状態でしたので、私は大川隆法総裁に対して弟子の礼をとって書かせて頂きました。

 私信ではありますが、最初のくだりは大川隆法氏のプライバシーにはふれていませんので、私の過去世にふれた部分の前後を、ここに転載させて頂きます。(過去世にふれた部分は下線をつけました。)


《拝啓 桜花の候
大川隆法総裁先生におかれましては、益々ご健勝の御事と存じます。

 私はとても悲しい気持ちで、この手紙を書かせていただいております。

私は今世、大川隆法総裁先生にお会いでき、直接に教えを受ける機会を頂き、お側にも仕えさせていただき、退職後もさまざまな危機を助けていただいてまいりました。私が釈迦の十代弟子のシャーリープトラであると認定いただきましたが、残念ながら私自身を振り返って、そのような偉大な方の心境には程遠く、総裁先生の励ましの方便と受け止めさせていただいております。

しかし、この身の力の及ぶ限りは、総裁先生から受けたご恩に対して、報恩させていただかねばとの思いは途切れることはございません。いつか報恩ができるようにと、無力さをかみ締めながら精進を重ねてまいりました。

本日、ここに書かせていただくことは、私の報恩行として、心血を注いで書かせていただくものでございます。

お気に召されぬことも多々あろうとは存じますが、あまねく衆生の心を知ろうと全世界を御巡錫くださる総裁先生の大慈悲におすがりして、最後までお読みいただけますことを、伏してお願い申し上げます。》


私は、大川隆法氏が自らの過ちに気付いてくださり、謙虚に反省してくださるようにお勧めすることが、最大の報恩業であると見極めて、この手紙を出させて頂きました。その思いには、今も変わりはございません。


『舎利弗の真実』解説a2

2012年8月20日
番外編 大川隆法氏への手紙に託した願い

本日、ある読者の方からお電話を頂きました。その方は、信仰への疑問を感じながらも、私が書いていることが本当に信頼できるのかどうか悩まれて、私という人間を確かめるために、直接、心検へお電話してくださいました。人の意見ではなく、自分が直接判断したいという、主体性のある方でした。とても勇気のある行為だと思いました。

その方から、私が大川隆法氏に手紙を書いた真意について聞かれました。そして私が自分の気持ちをお話しすると、その気持ちを正確にブログに書いて欲しいと依頼されました。私はこの方の真摯な願いを受け止めて、私がその時どのような思いで手紙を出したかを、綴らせて頂きます。

大川隆法氏に手紙を書いた時は、「これは私のなすべき役割である」と感じていました。その理由はこうです。

還俗したその年に、私は元秘書の女性から、誰にも言えなかった深い魂の苦しみを聞かされました。そして、それから10年以上たって、別の元秘書の女性とそのご家族の味わった塗炭の苦しみを知りました。私は、今年に入って、その真実を知る立場に立たされたことが、決して偶然ではなかったと感じました。私には真実を知ったものとしての責任がある事に気がつき、その責任の重みをひしひしと魂で感じ始めたのです。

手紙を書くことは、私にとっては大きな賭けでした。もし手紙によって、大川隆法氏が反省のきっかけとしてくださり、御自分の不都合な真実を世に公表して反省の姿を示されるなら、私はこの方こそ、私が永遠の師として仰ぐ方であると、改めて確信したと思います。真理の実践のために、これまで築き上げたものの大半が壊れても、不名誉を得ても、なおかつ真理を実践されるなら、その方は真の偉人であると思います。その行為は、一見これまでの努力を無にするように見えながら、実は説かれてきた真理を永遠の真理・不滅の真理とする行為であると思えるのです。

真理はその実践を、真理を説く人に要請すると思います。それが実現されてこそ、その説かれた真理には「魂」が入り、不滅の輝きをはなち、後世の人々をも照らす無尽灯となる思います。その実践がどれほど過酷なものであろうと、敢えてそれを成し、貫いてこそ、永遠の真理の名に値します。イエスキリストは「人その友のために命を捧ぐ、これより大いなる愛はない」と説かれました。そして身をもって、自らが十字架にかかって、その言葉を実践されました。その行為によって、説かれた真理に永遠の生命が吹き込まれたのだと思います。

反省を説かれ、反省からの発展を説かれた方が、自らが過ちを暴き、反省して出直す姿を示されるなら、その教えには永遠お命を吹き込まれ、大川隆法氏は後世の人の規範となると思いました。真実は永遠に死なないと説かれた方が、自らの真実を、それが自らを不利にするにもかかわらず明らかにされるなら、その言葉は不滅の命が宿ります。その実践が自らを不利な立場に追いやるものであったと説いても、それを敢えて自ら実践するか否か。それがその真理の真贋を分かつものとなるからです。

もしそれが出来る方がいるなら、その方は真に「わが心の師」とお呼びするにふさわしい方です。私は何処までもその方をお守りし、生涯、一信者としてでも、御供させていただくつもりでおりました。

しかし、現実的な可能性を考えた時に、その逆のことが起きる可能性が極めて高いことも、想定してはおりました。比率で言えば、ひょっとしたら九十数パーセントそうなるかもしれないと覚悟しました。

その時は何が起きるでしょうか。私は次の可能性を考えました。
(1)除名もしくは破門される。エル・カンターレ霊系団からの追放処分を受ける。
(2)私の守護霊を呼び出され、奥様がされたように、書籍としても出版され、私の信用を汚される。
これは幸福の科学で築いてきたほとんどすべての人間関係が断たれる可能性を意味します。
(3)私の言動に対して、訴訟を起こされ、億の単位の裁判になる。手紙の訴えが聞き届けられなければ、私は教団の改革のために、何らかの行動を取る決意でしたので、それは当然起こりうることでした。
(4)幸福の科学が世界宗教になった場合は、私は裏切りのユダやダイバダッタのように、後世何十億人、何百億人もの幸福の科学信者から恨みの念を受ける。

 ここまでを、想定される事態として考えました。そして「もしそうなっても、それででもやるのか?」と、自分自身の心に問いかけました。回答は、「それでもやる」でした。

 何故それでもやると決めたかといえば、自浄作用を失った教団が世界に毒水を流すことは、私の目には明白に思えたからです。私は初期の12年間において、わずかの力かもしれませんが、それでも出家者の一員としてこの教団を築いてきた事に関しては責任がありました。私はその場合は、生まれ替わっても、この教団を改革するために転生しようと思いました。そして、その時に未来の私が「この教団は過ちを犯している」と気がつけるように、何らかの確かな足跡を残さねばならないと考えました。それで、いくつかの裁判に陳述書を提出しましたし、週刊文春の取材にも、敢えて応じました。

やはり神仏の声を伝えるという仕事は、最も責任が重い仕事だと思います。もし誤ったものが後世に残っていくなら、どれだけの多くの人々の人生を狂わせていくか、その影響は計り知れません。その責任の大きさゆえに、自分一個の保身は考えることが出来ませんでした。

しかし、もし自分の過ちを認め反省の姿を示されるのであれば、私は真理に忠実に生きる道を選ばれた大川隆法氏を、どこまでも支え抜く覚悟でありました。

残念ながら、現在までの状況は、私がありえる事態として想定した通りのことが、(3)まで進行しています。しかし、不幸は拡大させてはなりません。この間違った教団がこれ以上罪を犯さないように願いながら、私は真実を語り続けます。


『舎利弗の真実』解説0

*始めるにあたって

◆種村修 真実を語る
http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_12.html

2012年7月12日 木


*始めるにあたって
種村修です。私個人のブログを始めさせて頂くことにしました。その理由を書かせていただきます。

私は以前、大川隆法氏が不倫で傷つけた女性の個人相談を受けました。最近、さらにその被害が広がっていることを確認しました。そうした事実を知って、信仰が深く傷つけられた人々も出てきました。その方々は納骨壇を返却するので、その時のお布施を返還してもらいたいと願われていました。

そこで私は大川隆法氏に、そのことを手紙に書いて、大川隆法氏がご自身の行いを反省され、被害女性を救済され、お布施の返還にも応じてくださるようにお願いする手紙を送りました。その手紙は今年の4月4日に目黒駅近くの郵便局に投函しました。この手紙は私信ですので、私は公開はしておりませんでした。

ところが、手紙が到着した4月5日づけで、私は幸福の科学から「除名」されました。さらに、4月20日には「舎利弗の確認」と題する霊言で、私の過去世認定をすべて取り消されました。さらに、5月22日には「元職員・種村修氏の守護霊の霊言」と「智慧第一・舎利弗の霊言」が収録され、私の名誉を傷つける内容の霊言が、全国の精舎や支部で公開されました。
さらに6月7日、3つの霊言が書籍化され、幸福の科学出版株式会社から大川隆法『舎利弗の真実に迫る』として出版されました。言うまでもなく、中味は一冊丸ごと、私を名指しして中傷です。

この背景を考えますと、私の手紙が、大川隆法氏が決して触れて欲しくない不都合な真実にふれていたため、私の信用を失墜させることで、私の語る真実を幸福の科学の信者や一般の人々が受け入れないように予防する意図があったと思います。

幸福の科学は信者数1200万人を標榜し、全国全世界に研修用の精舎や支部精舎数百も要する日本有数の宗教団体です。そんな大教団が組織を挙げて、私個人の名誉を傷つける本を出版され、私の「社会の中で名誉ある存在として幸福に生きることを追求する権利」を脅かしてこられたのです。

私は大川隆法氏に対して、数日後には、すぐに廃刊にし回収して下さいと配達証明でお願いしたのですが、なしのつぶてで、逆に産経新聞(6月13日朝刊第2面)や東京新聞(6月25日朝刊)などに新聞広告を出されてしまいました。

この本は、私に無承諾で出されています。「元職員・種村修氏守護霊の霊言」をはじめ、本全体に実名で私のことが非難され中傷されています。私はきわめて不本意ですが、「大川隆法総裁先生のご慈悲である。これを読んで反省せよ」と、幸福の科学広報局の土屋氏と渡邊氏が何の連絡もなしに、突然この本をもって職場にまで押しかけてこられました。

私は今年の4月4日までは、幸福の科学の信者でしたので、私の人間関係の基盤を崩壊させ、社会的抹殺をされたかったのだろうと推定しております。

やむなく、私は自分の名誉を自分自身で守るために、私のこの本への意見をブログで発表することにしました。一般社団法人心検の所長でもありますので、誤って傷つけられた社会的信用と名誉は、これを回復する必要があると思いました。

という理由(わけ)で、これからしばらく『舎利弗の真実に迫る』講義と題して、ブログを書かせていただきます。

なお、私が大川隆法氏に送った手紙は、その一部が週刊文春(7月19日号)に掲載されています。これは週刊文春の記者の方が教団関係者から独自に入手されたものです。私に内容の確認に来られましたので、正直に「確かに私が書いた手紙です」とお答えしました。しかし、もともと私の手紙は大川隆法氏への私信ですので、今のところ私から公開することは考えてはおりません。


『舎利弗の真実』解説1

2012年7月12日 木
舎利弗の真実に迫る講義1


『舎利弗の真実に迫る』からの引用を最初に太文字で表示して、次にその解説を書いていくという表記方法を取りたいと思います。

「当会の初期の過去世認定は高橋信次によるものが多かった」(『舎利弗の真実に迫る』P15)

「当会が、まだ宗教法人格を取る前の段階の小さな任意団体だったときに、『過去世で釈迦の十大弟子だった』という人も、私の周りに何人かいたのですが、その段階では、きちんと霊現象まで行って確認してはおらず、誰か霊人が言ったことを、そのとおりに認定していたようなことが多かったのです。」(同書P15)

<解説> 

 この引用部分は嘘です。1988年3月の末、幸福の科学では大川隆法氏が少数の職員とボランティアの人々を20~30名集めて、西荻窪駅から徒歩10分ほどの地下の事務所(最初原久子氏の自宅の一室を間借りしていたが、手狭になり地下の部屋に数ヶ月の間、事務所を構えたことがある)にて、重要な会議を行いました。私は始めてこうした会合に参加しました。そのときは大変な緊張が漂っていました。最初期の頃、在家で委員をしてくれていた画家が、慢心を起こして悪魔ルシファに憑依されてしまったということで、それを折伏する目的の会合でした。このときに、大川隆法氏自らが釈迦の生まれ変わりであるだけでなく、舎利弗が種村修であり、大目連が高橋和夫氏であり、マーハーカシャパが細川氏であり、阿難が阿部氏であることを明言されました。

私は始めて自分の過去世を告げられてびっくりしました。このときは高橋信次が大川隆法氏に入って霊言したのではありません。細川勝由氏や坂下邦文氏、前田節氏などの元職員や山口篤さんなどの最古参の職員はその場にいました。関谷氏もいました。大川隆法氏が自らを釈迦の生まれ変わりであると宣言し、その大川隆法氏が私を舎利弗と言い切ったからこそ信じたのです。

 万が一、高橋信次霊が私の過去世が舎利弗だと言ったとしても、大川隆法氏が釈迦の生まれかわりなら、釈迦の十大弟子を間違って判断するなどあり得ないことです。大川隆法氏は9次元の悟り、つまり8次元如来界を超える悟りを『太陽の法』を説いた時点(1986年)で得ていたことになっています。『太陽の法』によれば7次元と8次元の中間段階である梵天の境地で観自在力が備わり、六大神通力が備わるとあります。すなわち大川隆法氏が過去世認定した段階では、大川隆法氏は自由自在に過去世がわかるという神通力を持っているという触れ込みだったのです。高橋信次霊は、あのように還った当初の頃は6次元であり、幸福の科学で霊言集をたくさん出したので7次元に還れたと大川隆法氏は言いました。

 もし『舎利弗の真実に迫る』にあるように、高橋信次霊の過去世認定を鵜呑みにして、それが間違いであることも見抜けなかったとしたら、当時の大川隆法氏の悟りは6次元かせいぜい7次元であると告白しているのと同じです。少なくとも梵天ではあり得ないことになります。そのような人が釈迦の生まれ変わりと言うのはおこがましいでしょう。大川隆法氏の悟りは、最初から偽りがあったことを吐露してしまったと思います。ですからこの本は「大川隆法の真実に迫る」という副題をつけるべきであると考えています。

 ちなみに、私の過去世が、他に栄西であり不空三蔵であるとい言ったのは、1988年の年末に行われた幸福の科学道場の「霊道現象とは何か」のなかで行った霊道現象の場でありました。その時に大川隆法氏は私の魂の兄弟であるとして栄西と不空三蔵を呼び出し、原久子氏に入れて話をさせました。その場には数十名の信者が臨席しており、見ています。テープも発売されています。このときの指導霊が高橋信次霊であったということにはなっていますが、大川隆法氏が指導している事実には代わりはなく、大川隆法氏が指導しているからこそ私達は信頼したのです。

 1994年、高橋信次の影響を払拭して方便の時代は終わったとして、三宝帰依体制を確立した際に、大川隆法氏は職員を集めて、本来の釈迦弟子で組織の中心を固めると宣言し、私を事務局長にしました。これは私を舎利弗としての人事でした。また1996年~1997年にかけての創価学会との言論戦においては、大川隆法氏は私が舎利弗であり法将であることを職員に明言していました。それゆえに私は『創価学会亡国論』を執筆したのです。

 もし私がこの本に書かれているように、拝火教徒で名前も残らないほどのつまらない釈迦弟子で、ダイバダッタに引っ張られていきそうになった問題がある弟子なら、どうしてそういう役目が出来たのでしょうか。そういうつまらない人を見抜けなかった大川隆法氏の悟りとは、いったい釈迦の悟りといえるのでしょうか。むしろそちらが極めて疑問になります。

 私は、教団に出家して間もない頃、「この人は良い講師になる」と大川隆法氏から言われたことがあります。また、初期の頃は大川隆法氏が自ら採点しての論文講座が、職員向けに毎月ありました。ここでは10番以内に入ることが多く、1番も何度かありました。これは大川隆法氏が直接した悟りの認定という意味がありました。この本でいうようにつまらない人物が私でしたら、それをここまで評価していた大川隆法氏の悟りとは、本当はいかほどのものであったのでしょうか。

繰り返しますが、大川隆法氏が釈迦の再来ではなかったことを暴露してしまったのが『舎利弗の真実に迫る』であり、繰り返しますが、この本に「大川隆法の真実に迫る」というサブタイトルが相応しいと思うのです。

 過去世を認定しながら、その正確な検証はしていなかったということは、ご自分の仕事の杜撰さをご自身で暴いてしまっています。これにより、大川隆法氏が説いた霊的世界の真実性や過去世認定の真実性は、一気に信用を喪失したことになりました。


『舎利弗の真実』解説2

2012年7月13日 金
『舎利弗の真実に迫る』講義2 誘導話法 

「当会では、発足からワンゼネレーションが過ぎましたが、舎利弗や大目連などという、教団の核になる人が最初からいたわけではないかもしれません。『発足当時は、この世に生まれていなかったり、まだ子供であったりしたため、教団内で活躍できる状況にはなく、今ごろになって頭角を現してきている』というようなことも、ないとは言えないのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P17)

「舎利弗、シャーリプトラという方は,大乗仏典には、ほとんど登場してきます。」(『舎利弗の真実に迫る』P19)

<解説>
 これは大川隆法氏が得意の「誘導話法」です。自分の意図するところへと、聞く人々を徐々に誘い込み、誘導していくために、布石を打っておくのです。舎利弗や大目連は大川隆法氏の次男と長男であるかもしれないという思わせぶりをして、大乗の時代に大きな仕事をする次男が舎利弗の生まれ変わりではないかと、聴衆を誘い込む方法です。したがって、このあと続く霊言は大川隆法氏のシナリオに沿って演じられていることを、暗に示しているのです。

「(会場の聴衆に対して)みなさんには霊言に立ち会っていただきます。大勢の方がいると、ある程度、フォーマルになるので、一人で行うよりも、やや磁場的にチェックが働き、霊のほうでは、嘘やごまかしが言いにくくなります。」(『舎利弗の真実に迫る』P20)

<解説>

 これは大川隆法氏が一人で行う霊言はチェックが効きにくいので、嘘やごまかしが入る可能性があることを告白したとも読める内容です。
 なお、大川隆法氏が栄西と不空を呼んでの霊言は、最初期のころ西荻にあった幸福の科学道場で木曜セミナーに参加した数十人の信者が見守る中で行われました。
 生前の高橋信次氏の霊道現象も、多くの人が見守る中で行っていたそうです。
 それでも数多くの間違いがあったとすると、大勢の中でやったから精度が高いという保障は、全くないのではないでしょうか。
 要は、大川隆法氏が正しい悟りを維持して霊言をするか、維持できなくて邪な霊を呼び込むか。それこそが問題ではないでしょうか。


『舎利弗の真実』解説3

2012年7月13日 金
『舎利弗の真実に迫る』講義3 高橋信次霊との関係にこだわる理由

「岩本 教団の初期に高橋信次霊によって過去世リーディングが行われ、その際、今回除名された者(種村修氏)があなた様であるとされましたが、これは事実でございましょうか。」(『舎利弗の真実に迫る』P23)

<解説>
 この岩本氏の質問の仕方そのものが意図的です。この質問のなかに、すでに嘘が入っています。これですと、あたかも高橋信次霊による過去世リーディングで、種村修が舎利弗だと始めて認定されたことがあったように印象づけていますが、間違っています。大川隆法氏が、自分の言葉で、種村修が舎利弗の生まれ変わりだと、20~30人の会員の前で、1998年3月に認定しているのです。
念のために断っておきますが、私は大川隆法氏の過去世認定に全く真実性がないと考えていますので、私の過去世を大川隆法氏に認定して頂きたいとはまったく思っていません。しかし、こういう明らかな嘘が入ることは、許しがたいと思うのです。

「舎利弗 うーん、うーん、拝火教徒であったように思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P24)

<解説>
 これは「大川・舎利弗」が登場して、種村修のインド時代の過去世について証言している内容です。
これは一つの伏線なのです。実は、種村修が高橋信次霊と魂的に密接な関係があるように見せたいというシナリオが、この発言の背景にはあります。カシャパ三兄弟に率いられた拝火教徒といえば、天狗など裏側の存在であるという印象を与えることができるわけです。「高橋信次霊と種村修は裏でつながっている」という物語にしたい。そのためにこういう布石を打ったのです。そのことは、次の発言を見れば、すぐに分かります。

「岩本 除名された者に関しまして、もう一つ、お伺いしたいのですが、彼は生長の家で学んでおりました。生長の家の教えと高橋信次との間には、霊的な関係が何かあるのでしょうか。
舎利弗 うーん。うーん。うーん。このへんは、教祖にとっては実に難しいところでありまして、宗教の奥義の部分であると言えるので・・・。うーん。生長の家の教祖であった谷口雅春氏は『自分は住吉大神である』と言ってみたりしましたが、あるときには、『釈迦である』と言ってみたりしたこともあったようであります。」(『舎利弗の真実に迫る』P25~P26)

<解説>
 高橋信次と私を無理やり関係付けたいという意図が込められた質問です。
 谷口雅春氏は生前、自分は神の御心を伝えるラッパに過ぎない、と謙虚に考えておられました。住吉大神は生長の家の神様であって、自分はそのラッパに過ぎないという自覚です。この謙虚さが谷口氏を守ったのです。
 したがって、ご自分を住吉の大神の生まれ変わりと言われたことはありません。まして釈迦の生まれ変わりと発表されたことなど、一度もありません。谷口雅春氏は生前に仏教を熱心に学ばれましたが、それは万教が一に帰することを証明するために学び、仏教を解説されたのです。

「高橋信次に関しましては、『「自分は釈迦だ」ということにしていたので、「周りに釈迦弟子が数多くいなければいけない」ということになり、周りに釈迦弟子の名前を付けた』というような事実があったと思います。
そして、その人たちが当会と対抗的な立場に立ったときがあるので、それとの対抗上、『こちらにも、同じような人がいなければならない』という点はあったかなと思いますね。」(『舎利弗の真実に迫る』P26)

<解説>
 これは大川隆法氏が「大川・舎利弗」の言葉を借りて、非常に正直に教団初期の内情を告白している内容だと思います。ある意味で、とても正直です。
つまり、大川隆法氏は、「自分こそが釈迦の生まれ変わりである」と主張する必要があったので、釈迦弟子が大川隆法氏の周辺にいなければならなかったと言っているのです。最初期のころ、幸福の科学は、高橋信次の後継団体と対立していたので、自分が釈迦であると言うためには「真の仏弟子」の認定をする必要があったというわけです。発想が高橋信次と全く同じ構造であるということを、自分で暴いて見せているのです。
 
「だから、『教団としての自覚や悟りが、まだ十分に出来上がってはいなかった』という時代においては、やや方便的なものがあったのも事実ではないかと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P27)

<解説>
 大川隆法氏の良くやる「印象操作」がなされていますので、注意して読んでください。それは「教団としての自覚や悟り」という言葉です。教団に悟りや自覚があるわけでなく、これはもっぱら大川隆法氏の自覚と悟りが低かったと言っているのです。それをはっきり言うのがはばかられるので、こういう言い方をすることで、あたかも初期に集まった人間の悟りや自覚が低かったから、方便が必要であったような印象を与えているのです。ある意味で巧みな、その実、非常にずるい言い回しだと思います。


『舎利弗の真実』解説4

2012年7月13日 金
『舎利弗の真実に迫る』講義4

「除名された、その者が、今、いろいろと動いているようではありますけれども、『過去世で「釈迦の片腕」であった私が、まだ存命しているのだから、私が教団の正統な後継者だ』という名乗りを挙げているのではないかと推定されます。」(『舎利弗の真実に迫る』P28)

<解説>
 これは大川隆法氏の被害妄想が、そのまま「大川・舎利弗」の言葉として語られたものとしか言いようがありません。
私は4月4日に大川隆法氏宛に投函した私信にて、私が舎利弗であるとはどうしても考えられないという旨を、わざわざその手紙に書いているのです。ですから「教団の正統な後継者である」と名乗るどころか、「大川隆法氏の過去世認定は間違っていると思うので返上します」という旨をわざわざ大川隆法氏に書いて送っているのです。(ブログの番外編1に詳細は書いております。)
そういう手紙をご覧になっている方が、どうすればこういう「推定」が出来るのでしょうか。
「大川隆法さん、大丈夫ですか?」と思わず声をかけたくなります。

 ここで霊言を語っている「大川・舎利弗」が、その程度の判別も出来ないとしたら、この霊は「真の舎利弗」であるはずがありません。あえて言えば「新(しん)の舎利弗」です。(私は「大川・舎利弗」で統一させて頂きます。)大川隆法氏の得意の偽霊人の活用です。智慧第一とお釈迦様が認定された人は、もっと霊的な洞察力があると思います。
この「大川・舎利弗」の実態はというと、私はこれは大川隆法氏の意識の一部が舎利弗を騙って、ご自分の妄想をしゃべっていらっしゃるだけだと思います。

「ところが、その者が自分を中心に物事を考えておりますと、『教団のほうが悪いのだ』という考え方に至ることになります。そして、『教団自体が邪教化したのであって、本来、中心に座るべき自分が、中心に座っていないのがおかしいのだ』というように、自己中心的に考えているのだと推定されます。」(『舎利弗の真実に迫る』P28)

<解釈>
 これも「大川・舎利弗」による種村修の心理の推定です。
ここで注意を促したいのですが、この「大川・舎利弗」が本当に高級霊であれば、種村修の心はストレートに読めなければなりません。(他心通)したがって、「推定されます」という表現自体が、私は他心通を持った高級霊の言葉と思えないのです。推定しているだけで、心を読み取っていないからです。
これは本当は、大川隆法氏が肉体の頭で「推定」しているから、こういう表現が出てしまうのです。「舎利弗」を名乗る霊の正体は、大川隆法氏の表面意識に過ぎないと思います。大川隆法氏は本当に神通力を失ったのだなと、つくづくと分かる部分です。

 さて、この「推定」は、完全に間違っています。私はそういうふうには考えていないからです。私が手紙を出した時点で考えていたことは、邪教化していく幸福の科学を何とか正常に戻してもらいたい。そのために大川隆法氏に反省して、もう一度ゼロからやり直してもらいたいということでした。そうでないと後世にまで大変な害毒を流す教団になっていくと、心底懸念したからです。
 私はこの教団に初期から関わった人間です。ですから、この教団が邪教化していくことには、私も責任を感じたのです。私がもし生まれ変わったらどうするかなと思ったところ、やはり幸福の科学の改革のために身を捧げるのではないかと思ったのです。だったら、今世において、その仕事を始めようと考えました。
 リスクは当然計算しました。大川きょう子さんの先例がありますから、教団から私の守護霊の霊言なるものが出版され、社会的に抹殺される危険を冒すことは、計算のうちでした。また過去世がどんどん悪いものに認定しなおされることも予想しておりました。また私がマスコミ等で発言したら、名誉毀損の訴訟を起こされると思いました。さらに、万一、教団が言うように幸福の科学が世界宗教の一角に食い込んだ場合は、種村修の名前は裏切りのユダやダイバダッタのように、何億、何十億、何百億人という後世の人から憎しみを向け続けられることになるとも考えました。
 「それでもやるのか」と自分に問いかけました。「それでもやる」と心が答えました。だから大川隆法氏に親書で手紙を書いたのです。
私のよりどころは一つしかありませんでした。それは私が真実を語っているという、この一点だけでした。真実を語る一人の人間と、公称1200万人の教団がぶつかったときにどうなるのか。私は教団が崩壊すると思いました。なぜなら「真実は真実。真実は絶対に死なない」からです。これが私の本心です。

最深部まで腐ってしまった教団とは、本当は私だって縁を持ちたくはありません。しかし、それでは私の責任回避になります。最深部まで腐っている教団の中で地位を求めるなどという勇気は、私にはありません。私は、一介のカウンセラーとして、死の瞬間まで人々の幸福のために尽くせるなら、それで本望なのです。カウンセラーこそが、私に許された天職であると思っています。

 注目したいのは、ここに出てくる論法です。これは大川隆法氏の常套手段だからです。大川隆法氏は、教団内の弟子を押さえ込むのに、「お前の守護霊がこう失礼なことを言ってきた。あなたの守護霊がそう言い張って、総裁の所から去らないので、総裁の仕事が妨害されている。」と言って、左遷させたり、還俗させたりしてこられました。私も、そう言われて、「そんなにご迷惑をおかけしているなら、人類のために使われるべき主の貴重なお時間を、私の守護霊が奪っているのなら、これは還俗しなければならない」と思って、還俗したのです。

 大川隆法氏が通常、弟子を排除し、弟子を操作するのに使っている手法を、活字化したのが『舎利弗の真実を語る』です。全く同じ手法です。
ただし、教団内部でのコントロール方法を、すでに外部に出て久しい私に適応したから、大川隆法氏の人身操縦術のからくりがばれてしまったのです。私は、大川隆法氏が自分の女性問題を隠蔽するために、私の信用毀損をしなければならないお家の事情を見抜いている立場にあります。なぜこの本が大川隆法氏に必要なのか、それを知っているのです。だから、以前は信じ込んだ彼の術中に、今回私ははまらないのです。
私はここで、幸福の科学の職員の皆様に対して、「こういう大川隆法氏の守護霊情報を使っての恫喝を信じ込んで、罪悪感を感じて、大川隆法氏の精神的奴隷にならなくても良いのですよ」と、心から申し上げたいと思います。
 


『舎利弗の真実』解説5

2012年7月13日 金
『舎利弗の真実に迫る』講義5

「今、雇用情勢も非常に厳しい折、『生活に苦しんでいる』というようなこともあって、逆に、かつての過去世認定に関し、『そう言ったほうに責任がある』というようなことで、ある意味では、教団にブラフ(虚勢)をかけているのかなとは思いますがね。」(『舎利弗の真実に迫る』P30)

<解説>

これも不思議な分析です。「生活苦で苦しんでいるから、過去世を認定した責任を取って自分をもう一度高い立場につけて雇え」と私が考えて、それでブラフ(脅し)をかけているといいたいようです。
どこの世界に、その昔、企業内で高く評価されていたからという理由で、その企業を脅して金品をゆすり取ったり、再雇用を言ってくる人間がいるでしょうか。まして諸行無常を学んだものなら、あり得ないことです。
生活苦で苦しんでいると勝手に決め付けていますが、別にご心配頂くようなことはございませんので、どうぞ邪推はおやめくださいと申し上げておきたいと思います。

こういう推定をされる理由が、私にはひとつ思い当たる節があります。それは1年以上前のことですが、幸福の科学が、以前の心検の生徒のうち、幸福の科学の信者だった人を一人一人支部に呼び出して、心検を辞めるように、強力な圧力(営業妨害)をかけたことがあったのです。
私はそれまでは、正しい心理学は仏法心理と合致すると信じていましたので、信者の皆様にはさらに信仰心が進むように個別に『正心法語』の全読をお勧めしたりしていました。今考えると汗顔のいたりですが、そのころはそう信じていたのです。
こういう精神で運営していたので、幸福の科学側から「心検と幸福の科学は相容れない」と言われたら、信者の生徒さんは、それは教団のいうことを信じて辞められても仕方がありませんでした。
このときは、本当に経営の危機でしたが、やはりありがたいもので、さまざまな天の助け、人の情けがあり、そうした危機を乗り越えてきております。

大川隆法氏は、ご自分で私どもの経営の危機を演出されておりながら、「生活苦になって教団にたかろうとしている」という印象操作をされるわけです。大変巧みな情報戦を仕掛けておられると思いますが、あまり人としてご立派なやり方とは思えません。

私の生活状態は、ありがたいことに大変安定しております。これも母のおかげなのです。母は昨年10月に他界しました。母は生前、京都で高額納税者リストに入ったことのある叔母の晩年を、本当に親身になってお世話しました。そのために、叔母は母に対して、大きな遺産を贈与してくれていました。母は、人のためにも使いましたが、私と妹のためにも十分なものを遺してくれました。そのために、立ち上げたばかりの心検に、私は生活の不安なく全精力をつぎ込むことが出来るのです。
これに関しては、母の2つの遺産というブログを、心検のブログに書かせていただいていますので、興味がある方は、そちらもご覧下さい。

 なお、幸福の科学が心検の営業妨害を徹底的にしてくださったおかげで、心検は思想的にも経済的にも、完全に幸福の科学の残滓を払拭することができました。この点では、深く感謝しております。やはり幸福の科学の遺伝子を持ったままでは、本当に神仏の心にかなった救済力がある心理学やカウンセリングは出来なかったと思います。
私たち、それをきっかけに幸福の科学と完全に決別することで、以前のプログラムとはまったく違う心理学の思想とカウンセリングを確立でき、真に救済力をもったカウンセリングが出来るようになりました。
 この点、私たちを突き放して下さった大川隆法氏ならびに幸福の科学にたいして、重ねて感謝を申し上げる次第です。


『舎利弗の真実』解説6

2012年7月14日 土
『舎利弗の真実に迫る』講義6 
 過去世認定は教団運営の手段

「その過去世認定について、『事実か、事実ではないか』ということであれば、『事実ではない』と言わざるをえないけれども、『教団の初期の段階では、幹部らしきものに何らかの格付けが必要な面もあった』ということです。」(『舎利弗の真実に迫る』P30)

<解説>

これは大川隆法氏が「教団運営上の必要性から幹部の過去世認定をしていた」という内情を暴露した衝撃発言です。誰にとって衝撃かと言うと、大川隆法氏ご自身にとって自己破壊とも言える発言なのです。大川隆法氏は教団発足してから、「人の正確な過去世が分からなかったので高橋信次の霊能力にたよっていた」ということを言いたがっていることは、すでに明らかになりました。今度は、大川隆法氏の過去世認定は、真実性の探究の結果としてなされたものではなく、教団の自己都合からなされた格付けであったことが判明しました。大川隆法氏は自分の指導力に不安があり、幹部を統制したり会員の求心力をつくるために、大川隆法氏の自己都合で過去世認定をする人であったということです。

そのような思考をする人であれば、現在、若い幹部を数多く登用したり、若い女性を身の回りに置く理由として、この人達の過去世を大々的に宣伝しているのも非常に納得がいきます。大川隆法氏は過去世認定の使い方において、一貫されています。それが真実であるかどうかは問題ではなく、教団運営上において都合がいいかどうかで決まっていくわけです。

問題は2つあります。第1の問題は、偽りの過去世認定までしなければ教団の運営ができない「仏陀」とは何者なのかということです。お釈迦様は、ほとんど弟子の過去世認定をしたという記録は残っていません。お釈迦様にとっては、ご自身の悟りと法と人格的な感化力だけで十分だったのです。ところが釈迦の本体意識を名乗る大川隆法氏は、それだけでは不十分で、「方便として」(こう言いたいのでしょうね)偽の過去世を認定しまくりました。これは大川隆法氏は釈尊の生まれ変わりだという過去世認定自体が、教団運営上の方便であることを、うっかり漏らしてしまったといわねばなりません。
第2の問題は、過去世認定をされた人は、それが真実なら励みになる可能性がないとはいえませんが、それが嘘だった場合は、ほとんどの場合その人をだめにしたり、間違ったアイデンティティを持たせてしまい、自己確立できなくさせるということです。これは指導者としての大失態です。もし間違っていたと言うのなら、それに気がついた段階で、少なくとも真摯にその方にお詫びするべきです。この書籍に私へのお詫びの言葉は、一言もありません。この無神経さというのは、どのように理解したらよいのでしょうか。人格障害の症状と理解すればいいのでしょうか。

大川隆法氏は1997年の夏、当時秘書をしていたH.Yさんを呼んで、「あなたの過去世は釈迦の第一夫人のヤショーダラーである。ヤショーダラーが仏陀である私を性的に癒したいと申し出ている。あなたはこのあなたの守護霊であるヤショーダラーの申し出を受けて頂けませんか。」という趣旨の話をして口説きました。彼女は相当悩んだ末に総裁とのセックスの相手になることに一度だけ応じました。彼女は「総裁先生は私の守護霊とばかり話しをして、私自身の気持ちを聞いてくださらない。私と守護霊とは考え方が全く違うのに。」と感じていました。

私はこの話を1999年の末にご本人から直接聞きました。大川隆法氏はヤショーダラーは長女・咲也加さんの守護霊であると、この本のP71にも書いています。H.Yさんへの謝罪はありません。過去世を利用して、性的に誘惑するのも大川隆法氏の手法なのです。これはもはや犯罪であると考えます。

大川隆法氏の過去世認定は、教団運営や自己の欲望の達成のための手段です。こういう手法は、通常は詐欺と呼ぶのではないでしょうか。真の仏陀が、そんなことをされるでしょうか。


『舎利弗の真実』解説7

2012年7月14日 土
『舎利弗の真実に迫る』講義7
 舎利弗と大目連

「武田 (真の舎利弗は)ご次男の真輝様・・・ということで、よろしいでしょうか。
舎利弗 うーん。よろしいかどうか、分からない。それが、よろしいことになるかどうかは分からない。(中略)それが、よいことかどうかが分からないでしょう? また、活躍できなかった場合、やはり、問題が出るかもしれませんのでね。なんとも申し上げられませんが、「慎重な性格である」ということだけは申し上げておきたいと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P38~P39)

<解説>

これも興味深い問答です。真の舎利弗は次男の真輝氏であるというシナリオが出来ています。しかし、それを認めて、もし真輝氏が大した働きが出来なければ、大川隆法氏の過去世認定の信憑性がさらに危うくなります。そこで「慎重な性格」だという真輝氏であることをにおわせながら、最終的な断定は、実績が出てからということにしました。

これを慎重さと呼ぶのか、ずるさと呼ぶのかは、受け取り手によって異なるでしょうね。

次に挙げるのは釈迦の二大弟子の一人、大目連に関する問答の一部です。

「舎利弗 ですから、『神通力があって、透視能力がある』と言われていたにもかかわらず、ジャイナ教徒たちに撲殺されたような方でございますので、『腕力が強い』ということはないでしょうね。」(『舎利弗の真実に迫る』P42)

<解説>

これは爆笑できる部分です。大目連は神通力で釈迦教団を守った人であり、念力も非常に強い人でした。念力が出せる人というのは、基本的には筋力がたくましくないと不可能であり、「腕力」も相当強くないと不可能なのです。それを上回る神通力はお釈迦様ですが、お釈迦様も若いときには武芸でからだを鍛えておられます。

念力の強さが筋力と関係すると説いたのは、大川隆法氏ですが、もうお忘れになったようです。

なぜこのような矛盾が出るかと言えば、大目連が長男であると無理に認定したいので、こういう無理な説明をするわけです。そもそものシナリオに無理があるというべきでしょう。


『舎利弗の真実』解説8

2012年7月15日
『舎利弗の真実に迫る』講義8
 大川隆法氏の悟りとは

「武田 今回除名になった者には、当時、舎利弗様以外にも、過去世として認定された方がいらっしゃいます。(中略)まず、ゼウスの守護霊役であったアサート。これは事実でございましょうか。
舎利弗 うーん。だから、そのへんは、たぶん、高橋信次が霊指導をしていた時代の認定だと思うんですよね。だから、高橋信次が入って言っていたのだと思うのですが、削除しておくべきでしょう。
武田 はい。あと、福音書のヨハネ。
舎利弗 ああ、削除しておくべきでしょうね。
武田 不空三蔵。
舎利弗 ああ、削除しておくべきでしょうね。
武田 栄西。
舎利弗 削除しておくべきでしょうね。
武田 そして、「この魂は梵天の霊格を持っている」とされていましたが・・・
舎利弗 うーん。違いましょうね。
武田 違いますか。分かりました。
舎利弗 うーん。これはね、当時のGLAという団体における、過去世認定の安易さからみれば、似たようなレベルでやっていたと思われます。」(『舎利弗の真実に迫る』P48~P51)

<解説>
この部分は、この本のクライマックスの一つ、見所です。

まずアサートに関する記述は『黄金の法』にのみ出てきます。『黄金の法』にはアサートは不空三蔵と魂の兄弟であるという記述があるのです。

一方、「不空三蔵は種村修である」と1988年末に幸福の科学道場に集まった数十人の会員の前で、大川隆法氏が明言され、不空三蔵と種村修の対話まで実演されました。従って、アサートも種村修の過去世ということになっていました。このアサートという方は、ゼウスの晩年に、ゼウスの守護霊役をしていたと書かれています。

重要なのは、これが「高橋信次が入って言った」というくだりです。幸福の科学では『黄金の法』はエル・カンターレの歴史観であり、エル・カンターレの法であるとされてきました。それが「高橋信次が入って言った」ということは、法シリーズそのものの権威が極めてあやしいものであることを、大川・舎利弗に証言させてしまったのです。

その後、福音書のヨハネ、栄西、不空三蔵など、何の説明もなくあっさりと削除になりました。つまり、「大川隆法は過去二十年間、会員を騙し続けてきました。法シリーズの中でも誤りを教え続けてきました」と告白しているわけです。

何かしら、もっともらしい根拠を示してからご自分の前説を否定しないと、説得力は乏しいと思うのですが、これですむなら楽なものです。これほどまでに大川隆法氏の過去世認定の信用性がないということは、もともとの大川隆法氏の悟りのレベルが高橋信次氏のレベルをそれほど超えていないことを、大川・舎利弗が、そうとは気付かないまま暴露してしまったのだと思います。

7次元上段階の梵天の境地から六大神通力がすべて備わるというのが『太陽の法』の教えです。そうすると大川隆法氏の悟りは、心境がよかった初期の段階ですら、高くても7次元中段界を越えないと思われるのです。

大川・舎利弗に言わせているように、大川隆法氏がGLA即ち高橋信次氏と「似たようなレベル」で過去世認定をやっていたとすると、大川隆法氏の悟りは高橋信次氏と同じ6次元レベルになってしまいます。

大川・舎利弗が暴露したように、GLAと同じレベルで教団初期の過去世認定をしていたという指摘は、実は非常に深刻な指摘です。というのは、ここで幸福の科学は釈迦教団ではなく、釈迦を騙った知天狗(大川隆法氏のことを敬意を込めてそうお呼びしたいと思います)によってつくられた裏側の教団だったのではないかという疑問が浮上してくるからです。

幸福の科学の初期からの会員は、大川隆法氏は高橋信次と全く違って、正確に過去世認定できる唯一の存在であると信じ込んできました。だから『黄金の法』の記述もすべて真実であると信じていました。それが、高橋信次のように自分の権威を上げるためにサクラで釈迦弟子を認定していたとしたら、これは仏陀ではあり得ないことになります。『黄金の法』は過去世認定のオンパレードの本ですが、全く信憑性が崩れてしまうことになります。

弟子の信用性を崩したら、自分の信用性まで崩してしまったわけです。
「人を呪わば穴二つ」という言葉が、脳裏をよぎります。

「舎利弗(中略)ただ、霊能力的なものについては、当初、大川隆法総裁には、まだ十分に目覚めていなかった面があり、自信が十分になかった面があると思うんですよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P55)

私はこれを不思議な発言と思って読みました。釈尊が悟りを開かれたときは、それまでのヨガ仙人の教えを完全に脱却しておられましたし、自分の師となったヨガ仙人の境地や霊能力をはるかに上回っておられました。とくに釈迦の三世を見通す天眼通は、因果の理法の真実性を担保する基礎となる霊能力であり、最初から他の追随を許さぬほど優れていたといわれています。

ところが、釈迦の本体意識の生まれ変わりで、釈尊を超える力をもつはずの大川隆法氏が、高橋信次という6次元の悟りを得た仙人と比較して、自信がない程度の霊能力しかなく、霊的判断を高橋信次に依存していたとしたら、これは本当に釈迦の生まれ変わりといえるのか、仏陀の悟りを開いたといえるのかという、根本的な疑問が頭をもたげてくるのです。


『舎利弗の真実』解説9

2012年7月15日
『舎利弗の真実に迫る』講義9
 エンリルの降格人事と私の懺悔道

「だから、私は、九次元霊の分身か分霊として扱う、高橋信次への一種の特別視は、外したほうがいいと思います。」(『舎利弗の真実の迫る』P58)

「『ヤーウェ』というのは、・・・『妬む者である』と言っています。だから、妬むわけですが、何を妬むかというと、それは、『人間が神になっていくことや、人間が神のごとき繁栄を実現したり、自我を伸ばしてきたりすることを妬む』ということだと思うんですね。
 今、イスラエルという国が、あれだけ小さくなって、周りから非難される理由のなかには、やはり、その邪神性があると私は思いますよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P60)

「ユダヤ民族の神は、『バビロン捕囚』を受けたり、エジプトの奴隷をしたりした者たちの神です。だから、そうとう被害を受けたものたちの神なんですね。虐げられた者たちの神なので、このなかには、やはり、ある種の邪神性があるのではないかと考えた方がいいと思いますね。」(『舎利弗の真実に迫る』)P61

「だから、当会では、『魔法界や仙人界、天狗界など、裏側の霊界みたいなものを統括する責任者として、そういう世界の一番上にエンリルがいる』というような言い方をしていたようですけど、もうそろそろ、やめたほうがよろしいと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』)P61~P62

<解説>

 この部分は、すべて大川・舎利弗の言葉です。釈迦の弟子である舎利弗であるならば、なぜユダヤの神やエンリルについてこれほど詳しく、大川隆法氏の代弁者のように語るのか、あり得ない感じがします。そもそも、この大川・舎利弗の霊言であるこの章全体に、仏教についての言及はほとんどなくて、教団初期の事情や、ユダヤ教や高橋信次に関する話が異常に多いのです。一般の人がここを読むと「なぜ舎利弗がこんな話をするのだろう」と違和感を持つと思います。

 大川・舎利弗の正体は、大川隆法氏の意識による演出であると考えると、そのなぞは全部解けます。大川隆法氏は、自分で「これまでの教義を修正する」と言うと、なぜ修正するのかという疑問に答えなければならなくなるので、舎利弗が語ったことにいて、直接の責任が自分に向かうのを回避しようとされているのです。

 大川隆法氏は、1994年ごろ、「方便の時代は終わった」と宣言して、高橋信次関連の記述を、法の中から大幅に削除修正をかけました。しかし、このときはまだ初期のころであったこともあり、GLA関連の方々は別として、ほとんどの信者はついていきました。私もその一人です。

 しかし、今回はそのとき以上の大きな法の修正や過去世認定の修正をしておきながら、大川隆法氏本人の言葉としてではなく、他の霊人の言葉として出して、それを受けて修正しているのです。これは大川隆法氏ご自身による演出とみるのが一番正しいのではないかと思っています。これは自分が責任を取らない、卑怯なやり方です。昔はもっと潔かったのに、だいぶ退化されたと思います。

もしそうではなくて、本当にそういう霊人がいろいろ言ってきて、その通りに修正するのであれば、それまで説かれてきたエル・カンターレの法というのは、霊人が次々と修正しなければならないような杜撰なものであったことになります。そうするとこれまでの大川隆法氏の悟りは、つまりエル・カンターレの認識力は、舎利弗等の霊人よりも低い認識力であったということになると思います。

具体的に法の修正箇所をみておきましょう。

エンリルは、幸福の科学では、9次元霊で裏側の世界の総元締めの祟り神だとされていました。そして高橋信次は、その分霊だとしていました。それを、ここではついにエンリルを、9次元霊ではないと宣言し、裏側の元締め的な存在からもはずしたわけです。エンリルの降格人事です。

さらに、エンリルが「ヤーウェ」と名乗ってユダヤの民を指導したが、その指導には「邪神性がかなりある」として、エンリルを邪神と認定しています。

 これが正しいとすると、大川隆法氏は初期において、高橋信次の指導を信じてかなり影響を受けたのであるから、邪神の影響下に幸福の科学は創られてきたということになります。邪神性をいままで見抜けず、9次元霊という地球を指導する最上位の十人の霊の一人としてきたということは、大川隆法氏は9次元世界について、本当は正しくわかっていなかったということになります。そして、高橋信次霊の影響でいろいろ悪影響が出てきたので、彼の影響をもう一段排除するために、こういう論理を展開しているように見ます。教団の自己都合によって変わっていく教えというのは、一体、「久遠の法」「永遠の真理」と呼ぶに値するのでしょうか。まして「不滅の法」と呼べるのでしょうか。

 ここまで論じると、私が在職中の約12年間、ある時点からは応用本部講師の肩書きまで頂いて、大川隆法氏の教えを真理として伝えてきた私は、一体何をしていたのだろうかという反省が生まれます。また、私は、大川隆法氏を仏陀であり仏陀の本体のエル・カンターレであると信じたがゆえに、造反された元GLAの方々や、法敵となったと認定された方々に対して、私は批判をしてきました。これを一体どう考えればいいのだろうかと、実は反省に入っているところです。

 私も今は、幸福の科学教団から除名され仏敵の認定を頂いていますので、私がかつて批判した方から見ると、カルマの刈り取りであると見えると思います。私は、もしそうならば、私に浴びせられる誹謗中傷は、それが正しいものであるかぎりは、甘んじて受け止めようと思っております。しかし、私はそれだけでは、私は真の懺悔や反省をしたことにならないと思うのです。真の懺悔、真の反省は、やはり過ちの根源を正す努力を通してしか表現できないと思うのです。すなわち、大川隆法氏の間違いを指摘して、これを修正して頂く努力をするということです。これが私の償いであると思います。このブログも、そうした私の償いの一つの姿です。私の今までの不明を、心からお詫びしたいと思います。


『舎利弗の真実』解説10

2012年7月15日
『舎利弗の真実に迫る』講義10
 大川隆法氏の悲しい性(さが)

「初期には、力のある人がいないから、とにかく過去世が偉くなければ困ったのではないでしょうか。『釈迦が生まれているのだから、幹部に釈迦弟子がいなくてはいけない』というような事情があったのかもしれません。」(『舎利弗の真実に迫る』P70)

<解説>

これは大川隆法氏ご自身の言葉です。非常に不思議な感覚に襲われるのですが、一体「過去世が偉くなければ困った」人とは、どなたなのでしょうか? また、「『幹部に釈迦弟子がいなくてはいけない』というような事情」とは、どなたのご事情なのでしょうか。

これは私が「困った」のでもなければ、私の「事情」でもありませんので、ここは念のために申し上げておきたいと思います。これはすべて、大川隆法氏の事情であり、都合なのです。

そこで問題です。果たして本物の釈迦の生まれ変わりなら、こんな手段を必要とするのでしょうか。歴史上のお釈迦様は、弟子の過去世認定をすることで、自分を偉く見せることなど、一度もされたことがありません。

教祖の自己都合で、GLAやその分派の人への対抗の必要から、いいかげんな間違った過去世認定をする。そうなると、これによって得られた名声は、誤って得られた名誉であり名声ということになります。これはお釈迦様が悪魔の軍隊として指摘された煩悩です。「誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉」は悪魔の軍隊であり、これに執着すると悪魔に支配されることを釈尊は教えておられました。(中村元訳『仏陀のことば』参照)

大川隆法氏が、エンリルそしてその分霊の高橋信次霊を、「邪神性がある」と認定されるのでしたら、それと同じことをされた大川隆法氏は、高橋信次霊と同じ種類の人間であることを、はからずも告白したことになります。私ははっきり申し上げます。今の大川隆法氏には、はっきりと「邪神性」が出てきていると思います。

なお、「あったのかもしれません。」と、何か人事のように言っていますが、これは大川隆法氏一流の弁論術です。自分が責任を取らなくてすむような言い方です。自己責任を回避する傾向が大川隆法氏にはあります。これは自己責任の反省の教えとは相反する傾向性です。

私は、自己責任の思想や反省の思想は、天上界が大川隆法氏の教育のために説かせた教えであったと思います。ですから、大川隆法氏は、初期のご自分が説かれた教えに謙虚に立ち返り、もう一度人生をやり直すべきなのです。私は大川隆法氏にも天国に還って頂きたいので、そのことをあえて申し上げたいと思います。

「どうやら、釈迦の二大弟子が大川家に出てきているようではありますね。」(『舎利弗の真実に迫る』P72)

<解説>

これも大川隆法氏の発言です。これがこの本で、最も言いたかったことであると思います。そのためには、以前の過去世認定は否定する必要があり、除名処分はそのための格好の機会であったと思います。

大川家に釈迦の2大弟子がでているとなると、『仏陀・大川隆法』氏の権威がますます上がると思われるのでしょうね。自分の権威付けのために、周りの過去世を偉くするというのは、大川隆法氏の基本戦略です。それが見えてしまうと、人間としての悲しい性(さが)を感じてしまい、悲しくなります。


『舎利弗の真実』解説11

2012年7月16日
『舎利弗の真実に迫る』講義11
 生活苦と大川きょう子さん

「生活が出来なくなってくると、いろいろとよくないことをやり始めているようです。そして、最後には、『ミニ教団らしいものをつくって食べていく』というようなことを考えるわけです。
 また、初期のころ、文殊菩薩としてスタートした方(元妻・大川きょう子)もいます。(中略)
 このへんの人たちが、なんとなく結びついて別派活動をしたならば、古い会員を引っ張っていけるチャンスもあるのかなと感じますので、霊的な部分について、きちんとしておかなければいけないと思うのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P83)

<解説>

 これは大川隆法氏の言葉です。ここにこの本の第2章と第3章で大川隆法氏が導き出したい結論が書かれています。ここから始まる霊言は、大川隆法氏のシナリオに沿った「霊言という演出」です。そのために、霊言をとる前から結論が出せるわけです。

 大川隆法氏は、種村修は、生活に困ったあげくに「ミニ教団をつくって食べていく」ことを考えたと言いたいようです。ミニ教団をつくるにあたっては、大川きょう子氏と組んだほうが得策だと考えて、手を組もうとしていると言いたいようです。したがって、私がミニ教団をつくろうとする動機は、金銭目的である。さらにいえば大川きょう子さんと結びついて幸福の科学をのっとろうとする悪魔の手先であると。こういうふうに印象付けたいという意図がそこには見えます。

 実際の私はどうかというと、金銭目的で仕事をしたことは、これまでありませんでしたし、今もありません。私の仕事の最大の動機は、自分の使命に合致しているかどうかでした。これは青年期から一貫しています。さらに、最近はどれだけ人を幸せに出来るのか、それだけを考えるように自分を律してきました。ですので、ミニ教団をつくりたいという教祖願望もなければ、大川きょう子氏と結びついて教団をつくりたいという気持ちなど、さらさらありません。

 大川隆法氏は自分がしたいことを、相手がしたがっていると考える癖があります。これを心理学では「投影」といいますが、大川隆法氏の指摘を見ていると、あまりにも「投影」が多いので驚きます。実はそのために、私とか大川きょう子さんとか、マスコミの編集長などへの批判の論点をよく見ると、大川隆法氏が潜在意識下でいかなる願望を持っているかが見えてくるのです。この「投影のメカニズム(機制)」を念頭において読むことで、「大川隆法の真実に迫る」ことが出来るので、私もこの手法は使わせて頂きたいと思います。

 私と大川きょう子氏との接点は、大川きょう子氏の離婚裁判や週刊文春の記事に関する裁判に、私が陳述書を提出したことに尽きます。
  私は陳述書で大川隆法氏が不倫をする人物であることを陳述しました。幸福の科学では大川きょう子さんが悪魔であると信じ込まされています。大川きょう子さんの肩を持ったというだけで、私も悪魔の片棒を担いだと幸福の科学の会員さんには思われると覚悟しています。にもかかわらず、私がなぜ大川きょう子氏の裁判に協力しようとしたのか。その動機を書かせて頂きます。

 大川隆法氏と幸福の科学による大川きょう子さんへの人格攻撃は、はっきり言って配偶者に対する虐待であると思います。現代の法難シリーズで出た霊言は、全部私も聞きました。本も読みました。「悪妻封印祈願」を私も支部でもしました。私も虐待に加担した時期があります。これは大川きょう子さんにお詫びします。私は大川隆法氏の説明を、最初は鵜呑みにして、こうした過ちを犯しました。

 私が大川きょう子さんと出会えたのは、布施返還訴訟を担当されている松本弁護士を通じてです。今年の3月頃に、初めてきょう子さんにお会いしました。その時に、教団内部の話を、相当伺うことが出来ました。

 私は大川きょう子さんと直接お会いするまでは、きっと彼女は精神的に相当苦しんでおられるだろうと思っていました。しかし、お会いして、彼女が神への感謝と、幸福感の高揚を目の当たりにして、洗脳が解けました。私は彼女が輝いていると思いました。こういう幸福感を味あわれるのは、うらやましい限りだと思いました。そして彼女を救おうとされている神の愛を感じました。私の印象では、幸福の科学の最初期のころの幸せそうな彼女に一番近づいているのではないかと思いました。その彼女の深い感謝をもたれている人格の雰囲気にふれて、大川隆法氏の言ってきたことが嘘だったと、はっきり知ったのです。

 大川きょう子さん存在価値は、彼女が健康で精神的に安定して、幸福に輝いていること自体にあることを知りました。なぜなら、それが大川隆法氏や幸福の科学が言うことが嘘であることを、証明してしまうからです。これが大川隆法氏にとっての最大の脅威なのです。だからこそ、別に幸福の科学を批判していない週刊新潮の報道記事(大川きょう子さんの奉仕活動の報道)に対して、幸福の科学が過剰なまでのヒステリックな反応をするのです。
 
 大川きょう子さんへの教団からの組織的な攻撃は、はっきり言って「アンフェア」です。一個人対公称1200万団体の戦いです。どうみてもこれは虐待です。これを見過ごすことは、私は個人の人権が全体主義的組織によって侵食されていくのを、黙ってみている卑怯な振る舞いだと思ったのです。私は、ここでこそ騎士道精神を発揮すべきであると判断しました。


『舎利弗の真実』解説12

2012年7月16日
『舎利弗の真実に迫る』講義12
 私の真実

「自分たちを固定した状態で見ていれば教団のほうがどんどん変化して、彼らには『初期のころに重用された自分たちが、その後、重用されなくなった』というように恨んでいる面もあるのでしょう。」(『舎利弗の真実に迫る』P84)

<解説>

 これも大川隆法氏の言葉です。この発想は大川隆法氏の特徴的な発想です。幸福の科学は常に発展していくので能力が限界になると落ちこぼれていき、落ちこぼれた人間は恨みをもつというのです。確かにそういう心境になることは人間にはあると思います。

しかしその組織を辞めてからも、そこで仕事が出来たことに感謝して、どこか一隅を支え続ける人が多い組織と、辞めたら恨みに思い、悪口をいう人が多い組織との違いにはトップの持つ徳あるいは組織の徳というものが大きく関係するのではないでしょうか。

 私を振り返ってみると還俗してすぐは正直言って完全に方向性を失い、うつ状態に陥りました。何故かというと、出家者として生きてきた自分のアイデンティティが崩壊したからです。それと交通事故で半年以上入院したのが響き筋力や体力が3年間は元に戻らなかったのも非常に辛いことでした。闇雲に試行錯誤して自己のアイデンティティを捜し求め、その間、自分の心の傷をさらに広げたりしながら、それでも何とか在家の中で基盤を創り、そこから自分の使命を見出そうとする悪戦苦闘が続きました。

 しかし徐々に自分を立て直してくると、次に取り組んだのは信仰生活の再建でした。それまでは生きていくのが精いっぱいでした。仕事では大きな累積債務を抱えた建設会社の再建という非常な難問題に取り組みました。それも私がもっとも苦手だった財務の担当になり銀行交渉の責任者になりました。責任感だけで仕事をしました。2年目になって、やっと仕事にはなれたものの会社の危機的状況がさらに深刻になってきたころです。
会社の再建のためにも、自らの心の再建のためにも真剣に信仰生活の再建に取り組もうと決意しました。それまで毎月、支部や精舎での祈願だけはしておりましたが、それだけでは足りませんでした。

 そんな問題意識を持っていたある年の3月でした。津田館長の話に触発され、ご生誕祭に向けて私が何一つ出来ない自分を情けなく思い、まずは経供養だけでもさせていただこうと『正心法語』の全巻読誦をはじめることにしました。77回で1シートの記録用紙を作り、その年のご生誕祭には3枚のシートを奉納しました。つまり約4ヶ月で231回の経供養を捧げたのでした。
次には月刊誌等の布教誌を毎日100冊ずつ地域に配布することを始めました。朝は4時30分には起き約40分間布教誌配布した後、1時間程度お祈り等をして、それから出勤します。帰宅は深夜の11時、12時は当たり前の生活でした。これをやり出してから、3ヵ月後ぐらいの朝、神秘体験をさせていただきました。それによって自分が光の子であるという強烈な自覚を得ました。そしてその時から私の交渉力が非常に力強いものになり会社再建が軌道に乗り、働きだしてちょうど丸3年で会社が再建できたのです。

 会社の再建が見え始めた頃から、私はそれまで行けなかった各地の精舎に行き、研修に参加して、数々の神秘体験をさせていただくと共に、大きな人生の軌道修正をさせていただけました。反省も相当しました。建設会社を辞めてから、一時期、田舎で親孝行をする期間を少しいただけました。そして関東の方で新しい仕事につかせていただきました。その間には、日光精舎で10日間程度反省に打ち込み、いくつかの神秘体験を頂きました。

 思うのですが、今という時代は、霊性の時代と言われるように、人間の意識が霊的な領域とコンタクトを取ることが、ものすごくやりやすい時代です。これはカウンセリングをしていても、顕著に感じます。私が神秘体験をしたのは、私のその時の心の状態に応じて、幸福の科学の精舎であるにも関わらず神秘体験が出来たのではないかという気がしています。道を歩いていても、突然神秘体験が来る場合もありますし、自宅の部屋で寛いでいても、突然来る場合もあります。そういえば、ユングは列車に乗っているときに突然神秘知見が始まり、数十分続いたことを伝記に書いていました。今は、そういう時代であり、心が内省的になって、穏やかな状態になれば、誰でもがそういう体験が出来る時代だと思います。神秘体験あるいは霊的領域とのコンタクトは、私たちの心の状態によるのであって、
私たちの場所を問わないのではないか。そう感じるのです。

 3年ほど関東で働いた後、一念発起してカウンセラーになるために心理学の学習に打ち込みました。ある知り合いの経営者から「あなたは職業として人を救う仕事をするべきだ」と言われたことも、大きなきっかけでした。心理学の学習と平行して大川隆法氏の書籍のほとんどを読み返しました。幸福の科学の書籍は2年間で累計600冊読みました。洗脳を深めたわけです。『正心法語』は累計2200回程度になりました。2009年の衆院選挙では、勉強も仕事も中断して、地元候補者の応援演説に全部の時間をつぎ込みました。

選挙後しばらくして、週刊朝日が幸福の科学批判を記事にしたときには、私は仕事仲間の斎藤敏之氏と二人で朝日新聞社の本社に乗り込み、担当記者ならびに副編集長と2時間近く話し合い、抗議を行いました。記事の内容が自由主義社会にとって非常に危険であり、信仰をも傷つける内容であったからです。その内容は、話しあった週刊朝日の副編集長の依頼によって文章化し、週刊朝日の編集長に送りました。同時に、幸福の科学の広報局にもお渡ししたので、この事実は里村英一氏もご存知のはずです。
それ以外に、日常の活動としては布教誌配布は毎月数百冊をやりつづけており、そのことは私が活動していた支部の方ならご存知です。また毎週駅の前で朝の出勤前に街頭演説をし、2人の仲間と共に幸福実現党のビラ配布を行いました。

 つまり、私が言いたいことは、在家の立場にあって、幸福の科学の発展をほんの一部なりとも支えていきたいと真剣に願い、行動して来たのが、私の真実の姿であったということです。私は本当に、熱烈信者だったのです。
教団の発展から落ちこぼれ「重用されなくなったというように恨んでいる」というような教祖の発言は、一信者に対して非常に不謹慎であると思います。まったく人の心が見抜けないのでしょう。他心通はどこへ置き忘れてしまわれましたか。

 これほどの熱心な信仰者の私が、それだけ深く洗脳されていたにも関わらず、なぜ変わったかといえば、教祖と教団の実態が、いやおうなく目に入ってきたからです。その頃、仕事仲間の斎藤敏之さんが、佐久平支部の会員さんの正当なクレームを一生懸命に総合本部や総裁に取り次ごうとして努力されていました。しかし、教団幹部は在家の信者さんのクレームを全く聞く耳持たず、教団を良くしたいという一心で努力した斉藤敏之さんを活動停止にして、全世界の精舎と支部に張り出しました。私はこのときに、教団の救いがたい官僚体質と教団自体の自浄作用がもはや機能しないことを痛感させられました。

さらに、決定的だったことは、大川隆法氏の女性問題の実態と被害女性の存在を知ったことです。1997年の総裁の不倫問題は、私は被害者から直接詳細を打ち分けられて知っていました。しかし、守護霊が申し出たという話だったので、一時的な問題として、胸に収めていたのです。
しかし、数年前にも別の若い女性職員が被害にあったことを知って、私は問題の深刻さを感じました。熱烈信者の家族全員が退会されたとか、ご本尊をばらばらにしたとか、被害女性は一時は歩くこともままならないほどのショック状態だったとか、目を覆いたくなるような話でした。

私はこのままの状態で自浄作用が働かぬまま教団が進むのは危険だと思いました。私は大川隆法氏に対して、私が知っている事実を手紙にしたためて送りました。最初の手紙は広報局が止めてしまったことが判明しました。そこで4月4日にもっと詳細に手紙を書いて大悟館に大川隆法氏への親展で送りました。それが先日週刊文春に一部公開された手紙です。

私は、女性問題だけをもって深刻な事態と思ったわけではないのです。それを事実無根として嘘を突き通していることが、もっと問題だと思ったのです。女性への執着でセクハラ被害まで出続けているという状態は、もはや大川隆法氏は仏陀ではないということを意味しています。執着まみれの凡人です。その凡人が、仏陀だ、宇宙神だと言うという事は、悟りを偽る大妄語です。釈尊の教えによれば、この大妄語は無間地獄に堕ちる因となります。それは同時に悪魔に支配されることを意味します。教祖が悪魔に支配されたら、信者さんはどうなりますか。みんな不幸になり、地獄へと道連れにされてしまいます。だからこそ、私はこの問題を看過できなかったのです。
私は手紙を書くときは、相当強い決意を固めました。その時に私は、自分の心と次のように対話しました。
Q「教団から除名処分や永久追放になるが、それでいいのか」
A「構わない」
Q「後世の信者から裏切りのユダのように、永遠に恨まれる可能性があるが、いいのか」
A「自己保身は捨てる。生まれ変わっても、誤った教団の改革のために尽くす。その時に、私が教団の真実に目覚めるように、何か確かな資料を公的に残しておきたい」
Q「大川きょう子さんのように、守護霊の本を出されたり、呪われたりするが、それでも良いのか」
A「甘んじて受ける。多くの人が地獄に行かぬように尽くすのが先決だ。できれば総裁も救いたい」
Q「大教団に一人で立ち向かうのか。それでつぶされない自信があるのか」
A「『真実は死なない。真実は絶対に死なない』という言葉は、永遠の真理だと信じる。私はこの真理に賭ける。私が真実の側に立つのなら、つぶれるのは偽りを説く教団である」
Q「いかなる心を持って立つのか」
A「愛の心を持って立つ。怒りは持たぬ。そう努力する」
こうして私の戦いは始まりました。私の家族、私を深く知って下さる方々、心検の生徒の皆様は、私を支援してくださいます。その支えがあればこそ、私は戦えるのです。
このブログも、私のささやかな名誉を守るために始めましたが、いろんな方が私の姿を知って励ましとしてくださっていることを知りました。それとともに、私自身の決意も深まってきたように思います。心の奥から、私の役割を自覚する思いが湧いてくることもございます。生意気ではございますが、心から湧いてくるままに、あらためて私の決意を書かせていただきます。
私は旗の役割です。真実の旗を掲げるポールです。旗を立てたポールは、微動だにせずに立ち続けるのが役割であると肝に銘じています。嵐のなかでも、雷に打たれても、私は立ち続けます。
 地上に新しい地獄を作らないために、私は立ち続けます。この姿を見て、勇気を起こしてくださる方が一人でも増えてくださることを、私は祈っています。


『舎利弗の真実』解説13

2012年7月17日
『舎利弗の真実に迫る』講13
  植福返還訴訟の真実

「大川隆法 そういう働き(分派活動をしたダイバダッタから弟子五百人を取り戻したこと)をしたのが舎利弗たちであったので、『舎利弗が別派をつくって幸福の科学の信者を連れていく』というのは、話としておかしいのではないかと私は思いますし、信仰心のあまりのいいかげんさに、ややあきれる思いもしないわけではありません。」(『舎利弗の真実に迫る』P90)

<解説>

 これは私が、植福返還訴訟に協力させて頂いていることへの危機感から出てきた発言です。実は私は、大川隆法氏への私信の中で、女性問題を起こしながらそれを隠蔽する人は仏陀ではないし、そういう人が受ける布施は受者の穢れにより三輪清浄の布施に理念を満たさないので、布施を返還されるようにとお願いしました。

 この時点ですでに私は、大川隆法氏が釈迦の再誕であり、仏陀であるという信仰自体が成り立たないことを自覚していました。またこの大川隆法氏宛ての手紙の中で、私は自分を舎利弗の生まれ変わりであるとした大川隆法氏の過去世認定を、返上しています。

 仏陀でない人が、自分を仏陀と偽って、多くの人々を惑わしている。その迷妄から、彼自身ならびに信者の皆様に目覚めていただきたいというのが趣旨です。その意味ではダイバダッタの呪縛から仏弟子の迷妄を覚ました舎利弗の活動と、今回の私の活動には、一定の類似性がないわけではありません。
ただし大川隆法氏は自分を仏陀と盲信しているので、このような指摘は全く理解できないと思います。自分で繰り返し仏陀であると言い続けているうちに、完全に自己洗脳してしまい、真実が見えなくなっていますから。

「大川隆法 (中略) まあ、はっきり言えば、初期のころに当会に来て、最初、事務局課長として職員になった種村という人が、今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施をした信者あたりを狙って、布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいということが分かっています。」(『舎利弗の真実に迫る』P92)

<解説>

 これはひどい言いがかりですが、こういうふうに大川隆法氏がこじつけるのには理由があります。植福返還訴訟の真相を信者の皆様に知られたくないのです。

 そこで返還訴訟の真相を語ることで、これへの反論とさせて頂きます。

 今回、提訴した人たちは、いずれも熱烈信者であり植福菩薩も複数いらっしゃいます。いわば筋金入りの信仰者です。この方々が、提訴した本当の理由は、女性問題等で大川隆法氏が堕落しており、もはや信仰するに値しない状態であることをことを知り、深く信仰心が傷ついたからです。

この方々は3つの願いを込めて裁判を起こされました。
① この裁判を通して大川隆法氏と教団が反省して、悔い改めて欲しい。
② 自分たちと同じように騙されて被害を受ける人を少なくしたい。
③ 納骨壇を返却し、あるいは生前供養をキャンセルするので、その分のお金を返還してもらいたい。

この方々は、最初から裁判をしようとされたわけではありません。まず、来世幸福園に電話したり、サービスセンターに連絡されましたが、それは布施なので返却できないと言われ、支部に相談するように言われています。そこで支部長に相談すると、布施なので返還できないと、取り付く島がありません。ある人は支部長から「あなたがしようとしていることは幸福の科学を敵に回すことよ。」と脅されました。またある人は、本部長からピントはずれの手紙を何度ももらい、埒が明きませんでした。
仕方なく、各自が地元の消費者センターに相談しましたが、理解は示しながらも、弁護士を紹介されました。そこで弁護士の先生に相談して、提訴の運びになったものです。

教団側の論理は、納骨壇等の代金は「布施」(植福)だから返却できないというものでした。そこで私が、布施だというのなら、三輪清浄の理念を総裁自らが汚している以上、布施そのものが成り立っていないことを理論的に説明する支援を行いました。総裁は女性問題を多発させ、受者の清浄性は皆無です。受者が穢れてしまった以上、幸福の科学の布施には何の功徳もありません。功徳のない布施をこれ以上集め続けるのは、詐欺以外の何ものでもありません。私は、そのことを裁判を通して明らかにし、被害者を救いたいのです。

 裁判をしている人々は、ほとんどが家庭不和の原因を多額の植福によってつくっています。このたびの裁判で、高額な植福が返還され、家庭が調和することを願っています。

「布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろう」としているという言葉は、大川隆法氏が真相を隠そうとして創り上げた架空の物語(妄想)に他なりません。

「『職にあぶれて食い詰めている』という現状」(『舎利弗の真実に迫る』P94 )

<解説>

 大川隆法氏は、この本のなかで、繰り返し繰り返し、「種村修は職にあぶれて食い詰めているので、信者をそそのかせて裁判させ、そこからお金をえようとしいている」と主張しています。退職金を使い果たしたからないとか、ゆすり・たかりをしているとか、言いたい放題です。

 この本を読んだ昔の仲間が、心配して生活は大丈夫かと電話してくれた人もいました。またある生徒さんのご主人が、この本を読んであまりの内容のひどさに義憤を感じられ、わざわざ事務所に激励訪問してくださいましたが、この方も私の生活を心配してくださいました。こうした方々には、この本に書かれているような生活不安は全くないので、ご心配要りませんと申し上げ、ご安心をいただきました。
 
 私は、ありがたいことに、心検の仕事で本当に多忙です。また、亡くなった母が残してくれた遺産もあるため、新事業の立ち上げ期に、お金の心配をすることなく仕事にだけ打ち込めています。これは本当にありがたいことだと、感謝しております。

 改めて、ご心配くださる皆様に、「ご心配なく」と申し上げたいと思います。もとより、諸行無常の世の中ですから、私の仕事がうまくいかないことも可能性がゼロとはいえません。でもその場合でも、ありがたいことに田舎が農家で、いざとなったら自分が食べていくぐらいは十分な土地の広さがありますので、心配はしていません。これまで農家で家を維持してきたからです。また田舎の親戚には農協の職員の方をはじめさまざまな方がいますので、本当にいざとなれば、いかようにも生きていくことは可能です。こんなことは書く必要もないと思うのですが、これも大川隆法氏の洗脳技術に抗するために、あえて書いています。


『舎利弗の真実』解説14

2012年7月17日
『舎利弗の真実に迫る』講義14
  「種村守護霊」が偽者である理由

「里村 種村氏の守護霊でいらっしゃいますか。
種村偽守護霊 サーリプッタと言いな、サーリプッタと。」(『舎利弗の真実に迫る』P96)

 私は、この本に登場してくる種村守護霊なるものが偽者であることは、根拠を挙げて繰り返し証明していきたいと思いますが、「種村守護霊」という表記そのものが間違っているので、引用箇所ですが、「種村偽守護霊」と、敢えて表記を修正させて頂きます。

 まずこの引用部分が、「種村守護霊」が私の本当の守護霊ではない証拠となります。この霊言は5月22日に収録されています。私がシャーリプトラであるという大川隆法氏の認定は間違いだと申し上げたのは4月4日に送った大川隆法氏への手紙のなかにおいてです。だから、私の守護霊が自分のことを「サーリプッタと言いな」ということは、あり得ないのです。
(手紙の内容についての詳細は、このブログの番外編1をご覧下さい)

 これは何を意味するかというと、ここに出てきた種村守護霊は偽者であり、私とは無関係の霊であるということです。

 なお、 「サーリプッタ」という表現そのものが、「シャーリプトラ」をなまった言い方になっていて、「種村守護霊」を貶める表現として意図的に使われているように思われます。

「種村偽守護霊 うんうん。そうだね。釈迦の右腕だし、もう釈迦も老いぼれたから、本来、私が教団の代表者となるべきときが来てるね。」(『舎利弗の真実に迫る』P96)

<解説>

 私は真の釈尊に対して、こんな失礼なことを言うことはありません。それに教団の代表者になりたいなど、思ったこともありません。

 とても下品で品性のない「種村守護霊」ですね。「釈迦も老いぼれたから」というような言葉を目にして、私はとても悲しくなりました。

 私はここで、あえて「真の釈尊」という表現をさせていただきました。なぜなら、大川隆法氏は、釈迦の生まれ変わりと名乗っているからです。私は大川隆法氏が名乗る「偽の釈尊」と区別をさせていただきます。

「種村偽守護霊 (中略) ただ、わしは、今、もう、職がなくて困っとるんじゃ。」(『舎利弗の真実に迫る』P97)

私が所属している一般社団法人心検は、立派なカウンセリングの職業です。これは一生の職業と考えて、打ち込んでいます。「職がなくて困っとるんじゃ」というのは、私の職業に対する侮蔑にしかきこえません。また、心検で学んでくださっている方々に対しても、大変失礼な言い方です。

と同時に、この本に登場する「種村守護霊」が偽者であることを、はっきりとあらわした部分でもあります。「職がなくて」ということそれ自体が、事実に反してますから。

「里村 ところで、今、『釈迦認定』とおしゃいましたが、今世、あなたを「シャーリプトラ」と認定したのは、お釈迦様ですか。
種村偽守護霊 うーん。よう分からんけどな。とにかく、何となく、そんなふうになったんだよ。
里村 いや、認定したのは高橋信次霊ですよね。
種村偽守護霊 うーん、そう。まあ知らんけど、(生前の)高橋信次が『仏陀』を名乗っとったのだよな。
 その当時(幸福の科学の立宗期)はだね、(高橋信次が)死んで十年ぐらいのころで、(長女の)佳子氏が(GLAの)跡を継いだけど、小娘なので、みんなついていかなくて、古い弟子がみんな分かれて、分配とってさあ。
里村 はい。
種村偽守護霊 九州で正法会とかいうのをつくった園頭広周っつうのが、(自称)シャーリプトラっていう男であってねえ。
里村 はい。いましたね。
種村偽守護霊 『高橋信次より九歳年上だ』って男が、『GLAの教団を継ぐ』とか言っててな。
 それで、うち(幸福の科学)が仏陀を名乗ったら、『仏陀なら、シャーリプトラもいるはずだから、出してみい。わしこそシャーリプトラだ。高橋信次こそが仏陀だ。こっちが本物だあ』みたいなことを言ってて、それで、対抗上、何となく出てきたような感じになったんかなあ。
里村 つまり、高橋信次氏の霊的復活と同時に、『シャーリプトラ』と指名されただけで、実は・・・。
種村偽守護霊 うん、そうそう。代わりでね。」(『舎利弗の真実に迫る』P98)

 長々と引用しましたが、これは「種村偽守護霊」が本当は誰であるかを調べる上で、非常に重要な部分です。私はGLAに関して私はほとんど何も知りませんでした。生長の家からきたので、高橋信次の生前の著書は幸福の科学で薦められて読んだことがありますが、教団がどうなっているのかとか、ましてや園頭広周と大川隆法氏との具体的な確執に関しては、始めてこの本で知りました。

ということは、私にインプットされていない知識を語っているこの霊は、一体誰なのでしょうか。それはずばり、大川隆法氏その人の意識の一部ではないかと、私には思われるのです。大川隆法氏の魂の兄弟が、私を貶めるために、「種村守護霊」を名乗って演技をしているように感じるのです。そして、大川隆法氏のシナリオに従って、演じているわけです。そう考えると、私にはこの霊言のからくりが非常によく分かります。

ここでは、大川隆法氏が教団の最初期に、なぜシャーリプトラの過去世認定をしなければならなかったのか、という事情が種明かしされています。GLAとの対抗上、釈迦弟子が身近にいる必要があったそうです。

 しかし、この偽の「種村守護霊」は、致命的な間違いを犯しています。いつシャーリプトラと認定したのかが、あやふやでしかないのです。本当は1988年3月の末に、西荻窪駅から徒歩10分程度の地下の事務所で、「種村修がシャーリプトラである」と認定したのです。しかも高橋信次霊の霊言ではなく、大川隆法氏が自ら宣言したのです。私にとって、これは衝撃的な出来事でしたので、そのときのことを、非常に鮮明に覚えています。


『舎利弗の真実』解説15

2012年7月18日
『舎利弗の真実に迫る』講義15
  生長の家について

「種村偽守護霊 私はねえ、幸福の科学の救世主だったわけでねえ。幸福の科学がほんの数百人か千人か、そのぐらいのときにだねえ、もう三百三十万人の信者数を誇り、昭和五年から数十年やっているところの、日本を代表する大・大教団のねえ、大・生長の家の編集部から、大幹部が降臨したんだよ。ほんと、法人格もない貧乏教団の事務局課長に降臨してやったんだよ。」(『舎利弗の真実に迫る』(『舎利弗の真実に迫る』P101)

<解説>
 これは私の意識とは全くかけ離れています。まず私は生長の家の大幹部ではありませんでした。幸福の科学では最初から事務局課長になったのではなく、最初は編集部員として入れていただきました。幸福の科学の救世主という意識はあるはずがなく、偉大な霊的指導者のもとにはせ参じて、新しい文明を興していくお手伝いが出来るということに、ひたすら感激していたのです。貧乏教団かどうかは私にとってはどうでもいいことで、大きな使命に加われることに悦びを感じていたのです。幸福の科学が原久子氏に間借りしていた最初期の事務所に通う道すがら感じた「ここから新文明が始まるのだ」という高揚感はいまだに忘れていません。

「斎藤 (中略)学生時代にお金がなくて貧乏だったのは、ご本人でありまして、なんと、家賃を滞納し、大学は中退だったそうですが、どうですか。事実か事実でないか、二者択一でどうぞ!(会場笑)」(『舎利弗の真実に迫る』P105 )

<解説> 

 私が京都大学を中退したことは、幸福の科学のなかで隠したことはありませんでした。別に恥ずかしいことではないからです。自分で選んだ道を、恥じる気持ちがありません。

家賃の滞納は、私が大学生のころ、一年間、東京(原宿)にある生長の家の本部に呼ばれて、無給で生長の家の学生部のボランティアをしたことがありました。この期間は、家族の賛成が得られなかったので仕送りがなく、学生部の職員をしていた人が多少の支援をしてくれていましたが、それではまかないきれませんでした。借家の大家さんは生長の家の職員の家族だったので、支払いを待ってくれました。翌年、私が生長の家の本部で働きだすと共に、滞納分は全額支払いました。そうした事情がありました。

「種村偽守護霊 あのねえ、画学生なんて、だいたい、使えるわけがないんだから。ヒトラーと一緒だよね、貧乏画学生・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P106 )

<解説>
画学生からヒトラーを連想することは、私にはできない発想です。そういえば大川隆法氏は、ヒトラーが画家を目指していたことを、講話の中でふれていたことを思いだします。これも、「種村偽守護霊」は、実は大川隆法氏の意識の一部が演技しているのではないかと思わせる部分です。

なお、ここに出てくる「種村偽守護霊」は、貧乏ということにすごくこだわりをもっています。ここに大川隆法氏が学生時代まで、非常に貧しい生活をしてたことのコンプレックスが出ているのではないかと思われるのですが、いかがでしょうか。

「斎藤 家賃を滞納していて、結局、大学も中退というのは非常にまずい展開ですね。
種村偽守護霊 き、君・・・。きつい、きついな。いやあ、妻からは、禁治産者と呼ばれてたわけでねえ。」(『舎利弗の真実に迫る』P108)

<解説>

これも「種村偽守護霊」が私の守護霊ではない証拠になる発言です。元妻から禁治産者と呼ばれたことは一度もないからです。

私が家からの仕送りもなく、生長の家の本部で1年間ボランティアをしたことは既に書きました。その頃の私の霞を食べているような、非現実的な、生活感覚の欠如した生活ぶりを見た父が、たまりかねて私に「禁治産者」という表現で警告したことが、一度だけありました。
しかし、その父も、私が生長の家本部に奉職して、はじめていただいたお給料で、ささやかなプレゼントを買って贈ったときに、心から喜んでくれました。

ですから、「元妻からは、禁治産者と呼ばれていたわけでねえ」と言った時点で、「種村守護霊」が偽者であることは、決定的になりました。

「種村偽守護霊 いやあ、まあ、それはね。『生長の家』っていうのは天狗教団だから、基本的には、もう、『生長するしかない』わけだからして・・・。
斎藤 (苦笑)人のところばかり悪く言うのではなく、自分の心を見つめてください。
種村偽守護霊 こう、鼻が伸びて伸びて伸びて伸びて伸びて伸びて、反省なんかしたら、いけないじゃない?」(『舎利弗の真実に迫る』P111~P112)

<解説>

生長の家が「天狗教団」だというのは、大川隆法氏の言い方です。私も教団にいた頃、大川隆法氏から直接、そう言われたことがありました。ですから、大川隆法氏の意識が、こういう発言をされるのは分かります。

 生長の家を侮蔑する表現ですが、私はかつての師である谷口雅春先生や生長の家の主宰神である天御中主神をこんなに貶めるようなことは、やはり言えません。生長の家にも一部には天狗的な方もいらっしゃいますが、ほとんどの方はそうではないと思います。何よりも谷口雅春先生は、天狗ではございません。

大川隆法氏は初期のころから、日本神道に対して非常に侮蔑的な言い方をされることがありました。ですから、大川隆法氏の意識の一部が「種村偽守護霊」であるとすると、同じ傾向がこの発言ににじみ出ているように思います。

「鼻が伸びて・・・」と「伸びて」を六回も繰り返しているのは、私が大川隆法氏に送った手紙の中で、謙虚に反省してくださるようにお願いしたので、それがよほど許せなかったのではないかと思います。きっと「大増上慢だ」「大天狗だ」とおっしゃりたいのではないでしょうか。

 生長の家の谷口雅春先生の教えには、確かに八正道はありません。ですが、谷口先生が説かれた「心の法則に照らして自分の心を振り返る」という教えがあり、これは実質的な反省へとつながるものでした。また晩年の谷口雅春先生は、自分の生前の罪を書き出して、滅罪のための行を、信者さんに混じってされています。生長の家であるから反省ができないというのは、本当はおかしいように思います。


『舎利弗の真実』解説16

(聖使命会員 京大事件 教祖願望 大川被害妄想)
2012年7月19日
『舎利弗の真実に迫る』講義16
  教祖願望

「種村偽守護霊 (中略) そういえば、「聖使命会員」とか言うて、一人で百冊以上配ってたから、・・・」

<解説>

 これは大川隆法氏の仕事の杜撰さが、際立つ箇所です。これは、生長の家に所属したことのある人から見ると、あり得ない基本的な間違いです。この部分ひとつでも、「種村守護霊」なるものが真っ赤な偽者であることを証明してしまっています。

生長の家では、聖使命会員という制度がありますが、これは毎月一定額以上の会費を振り込む人のことであり、その人には聖使命新聞が配布されていました。聖使命会員には3種類あり、護持会員は月額400円以上、什一会員は月額1000円以上、特志会員は月額1万円以上を収めます。百冊以上の神誌(生長の家では布教誌のことをそう呼んでいました)の配布者を聖使命会員という呼び名をしていた事実はありません。

実は私は、聖使命新聞の編集部にいました。ですからこんな基本的なことを私の守護霊が間違えるはずがありません。ですから、ここは「種村守護霊」が偽者であることが、疑問の余地なく判定できる部分です。

 なぜこのような致命的で基本的なミスが予防できないのでしょうか。それは幸福の科学編集部の職員が、大川隆法氏の霊言を本物だと盲信しているからです。だから、チェックをしないのです。霊言が偽者であると見抜く見識があれば、霊がいうことをいちいちチェックして、外部には間違ったまま出さない努力が出来るはずです。
 もっとも、DVDに出ているものは修正できないので、この箇所は削除するしかないでしょう。

「斎藤 (中略) 実は、『学生のときに、「生長の家」に属していながら、政治活動もしていた』と、元奥様から聞いております。そのときには、スーパー右翼的発想で、左翼と激突し、棒を持って殴り合って、暴力沙汰になったそうですね。しかも、そのときに、あなたの担当していたグループのなかで、生長の家の学生が一人死んだとも聞きました。
種村偽守護霊 それはねえ、谷・・・。
斎藤 実際に死亡したと言われましたよ。ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩き合うような、非常に阿修羅的な波動を持った状態だったそうです。」(『舎利弗の真実に迫る』P144)

<解説>

この部分の記述にも、致命的な情報の間違いがあります。確かにここにいわれている京大での事件はありましたが、その時に学生が一人死んだというのは、完全に間違いです。死亡者など一人も出ていません。

それとは別に、その約2年後ぐらいに、九州大学の仲間の学生が一人亡くなりました。私達は彼の死を悼みました。なぜなら、その方はこのとき京都大学の行事に参加してくださった仲間であったからです。しかし、京大事件と彼の死亡は別の問題です。

京都大学での事件は、私が大学2年生の秋に起きました。この年には昭和天皇の御在位50年の記念式典が国や地方で開催されました。私達の仲間も、京都大学の教養部の教室を借りて、昭和天皇御在位五十年の式典を開催しました。これは至極平和的なものでした。

ここに至るまでには、2ヶ月ほどの前哨戦がありました。私は昭和天皇が終戦と戦後の復興に果たされた役割を評価するビラをつくり、京大の正門の前で配ることからはじめました。京都大学は左翼の学生運動が極めて強い大学で、すぐに私達は左翼学生によって暴力的に排除されました。

私は、暴力による言論の抑圧には屈することが出来ませんでした。近隣大学からも協力者を募り、毎日宣伝活動を続けました。左翼は暴力を振るうこともありましたが、私達は言論のみで応戦しました。

記念式典の当日は、さすがに緊迫感が漂いました。無防備で式典をすれば、暴力で排除されることは目に見えていました。そのために、安全のためのヘルメットや最小限の防衛の装備を用意して、攻撃を抑止しました。抑止のための「武」です。
式典も無事終了し、私達数十名は街頭へ出て、市民集会に合流する予定でした。予定通りの行動をしていれば、何の問題も起こらなかったはずです。

ところが外部から来た年上の学生が、京大の時計台前で勝利集会を開こうと言い出し、予定外の行動に出たのです。時計台前は左翼グループが日ごろ武闘訓練を行っているホームテリトリーでした。案の定、集会をしているところを武装した左翼学生に襲撃されました。防衛の装備をいちど片付けていたので、あわてて支給しなおし、攻撃を防御しました。しかし、後手に回り、負傷者が出てしまいました。私も少し怪我をしました。やはり日ごろは平和的な言論活動をするだけの人間が、武闘訓練を日常的にしている集団のホームテリトリーのなかに、うかつに入り込むべきではなかったのです。急な作戦変更がもたらした重大なミスです。まだ2年生の私には、それを阻止する権限はありませんでした。

しかし、その後のほうが大変でした。私が学内で高校時代の友人と話をしていても、左翼学生に囲まれ、暴力的に排除されました。危険で、大学にいけなくなりました。

自分の信念のために、大学で身の危険を冒してまで主張を貫くのは、自己保身の観点からは愚かなのかもしれません。しかし、身の危険を冒してまで信念を貫く人間がいなければ、国は変わらないと思います。私はそれを恥ずかしいことだとは思いません。戦いの折に、やや戦闘的な精神状態になることはありました。しかし、幸福実現党で北朝鮮にミサイルを先制攻撃することを主張したときほどは、過激な主張ではなかったと思います。

「斎藤 智慧があるのに、『生長の家』のなかで、どうしていじめられるのですか。
種村偽守護霊 いや、『教祖』っていうあだ名だったからさあ。
斎藤 確かにそのとおりだったと聞きました。ご本人は、確かに、『「教祖」と呼ばれていた』と言っていましたよ。
種村偽守護霊 そうなんですよ。『教祖』というあだ名をつけられてねえ。
斎藤 お、すごい信憑性!」(『舎利弗の真実に迫る』P116)

<解説>

 質問者の斎藤氏が、「確かにそのとおりだったと聞きました。」といっていますが、誰に聞いたのでしょうか? この部分は、いくら考えても私にそんな記憶がないので、不思議に思いました。

 そこで、早稲田大学を出て生長の家の職員をしていた、同期の人に聞いてみた。この人は、その後生長の家を退職し、父親が興した菓子製造販売の会社を継いで、現在経営者をしている方です。

 私はこの元同僚に、つぎのような質問をしました。
「ひとつ教えてほしいのですが、生長の家時代の私は、他の人から『教祖』というような表現で呼ばれていましたでしょうか。最近、昔の私がそう呼ばれていたと言われて、ピンと来なくて、それでどうだったかなと思って、お尋ねすることにしました。よろしくお願いします。」

 それに対する元同僚からの返事は次の通りでした。
「私にも、そんな記憶はありません。いくらなんでも、谷口先生の弟子の仲間同士で、誰かを『教祖』などと呼ぶ者はいないと思いますが。」

 宗教団体に所属していて、そこで『教祖』というあだ名がつくことは、通常ありえないことは、少し考えれば誰でも分かりそうな話です。ですから「種村偽守護霊」に、こういうあり得ないことを語らせ、斎藤哲秀氏に「お、すごい信憑性!」と言わせているのが、ものすごく不思議な感じがしました。

 記憶を振り返ると、私には思い当たることが一つだけあります。幸福の科学に出家した最初のころ、私は大川隆法氏から直に、「種村さんは教祖になりたがるからなあ」と言われたことがあります。そのとき私はきょとんとしてしまって、「「そうなのだろうか」と不思議な感じを持ったのをおぼえています。
 この霊言で、大川隆法氏の意識の一部が「種村守護霊」の名前を騙って発言しているなら、すごく納得のいく話です。
 私の本音はどうかというと、教祖願望はありませんでした。仏弟子だと思い込んでいましたから。そして大川隆法氏を仏陀と信じていましたから。舎利弗とかヨハネと言われていたので、一番弟子になりたいという願望は強くありました。そうでないと、過去世より出来が悪いということになると思い込んでいました。これはある時期まで、私の執着となり、苦しみとなりました。
 大川隆法氏には、いつか自分の地位が誰かに奪われるのではないかという、強迫観念が、潜在意識下におありになるのではないかと思います。ですから、大川きょう子さんが二代目教祖になりたがっているとか、私に教祖願望があるとか妄想されるのだと思うのです。大川隆法氏は被害妄想が強い方だと思います。


『舎利弗の真実』解説17

2012年7月19日
『舎利弗の真実に迫る』講義17
 大川隆法氏は教団を自分の財産と思っている

「種村偽守護霊 ええ? 『シャーリプトラと文殊が組めば、仏陀を倒せる!』ということでね。(中略)いや、シャーリプトラと文殊が組めば、弟子の大部分は取れるんじゃないか。」(『舎利弗の真実に迫る』P120)

<解説>

 私は、熱心に大川隆法著『現代の法難』シリーズを熟読したので、大川きょう子さんは文殊ではなかったということを信じています。従って、私も、私の守護霊も、「文殊」と組めば云々という発想をすることが、そもそもあり得ないことです。ましてやすでに大川隆法氏から認定されたシャーリプトラの過去世も返上していますので、「シャーリプトラと文殊が組めば・・。」という発言は、絶対にあり得ないのです。また大川隆法氏が仏陀であるということも、まずあり得ないと考えていますので、なおさらこの発言はあり得ません。

 こういうところも、大川隆法氏の意識の一部が「種村守護霊」を騙って話しているということが、ありありと分かる部分です。

「斎藤 どうして、『文殊とシャーリプトラが組んで、信者を取る』という発想がでてくるんですか!
種村偽守護霊 商売上、しょうがないんじゃん。『名前』がなかったら、商売にならないだろうが。ええ?」(『舎利弗の真実に迫る』P121)

<解説>

 ここでは、教団をつくるのに、看板として文殊とシャーリプトラを必要としていると言わせています。単なる大川隆法氏の妄想です。

 私は一般社団法人心検の所長の仕事があり、これが私の天職です。私の使命そのものです。それを継続するために、過去世の名前も文殊の名前も、全く必要はありません。心理学に宗教を持ち込むことは、経営的にはマイナスにしかならないので、宗教的な表現が混じらないように苦心しています。

「商売上、しょうがないじゃん。」と言う話は、もっとも私から遠い発言です。宗教を商売(ビジネス)と捉える発想は、大川隆法氏はふんだんにお持ちなので、こういう発言が出てくるのだと思います。

「里村 重要なことをお伺いしたいと思います。今、『文殊とシャーリプトラが組んで仏陀を倒す』とおっしゃいましたが、『仏陀を信じないシャーリプトラ』がいますか! 『仏陀を信じない文殊』がいますか!
種村偽守護霊 うん。まあ、それは、若干、疑問ではあるけど・・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P121)

<解説>

 これも同様の理由で、成り立たない話であることが分かります。大川隆法氏の頭の中に妄想されているストーリーに過ぎないことが分かるはずです。

「種村偽守護霊 いやいや、『俺に対する信仰心』が大事だ。
里村 ああ、『俺に対する信仰心』ということは、つまり、『教祖になりたい』という意味ですね。
種村偽守護霊 うん。だからまあ、俺が事実上の教祖で、大川隆法っちゅうのはねえ、これはまあ、商社マンだ。商売人なんだよ。俺、金を儲ける能力は大してないから、それは商売人の商社マンにやらせて、実質上の宗教家は俺しかいなかったから、俺が教祖として、教団を・・・」(『舎利弗の真実に迫る』P123~P124)

<解説>

 私は自分自身への信仰を説いたことは、これまで一度もありませんでした。私は、仏陀の心を信者の皆様に取り次ぐ自分の使命だと思ってきました。それでひたすら仏陀への信仰と法への帰依を説いてきました。これが法の解説者としての、最も基本的な姿勢だと信じていたからです。

私は、本当に馬鹿の付くお人よしだったと思います。心検の前身である「カウンセラー検定協会」のときも、幸福の科学の信者の生徒さんには、『正心法語』を毎日全部読むようにと信仰のアドバイスをしていました。

大川隆法氏への信仰は私はなくなっています。大川隆法は神ではない。仏陀でもありません。そう私には思われます。

しかし、私は信仰心は保っています。目に見えない神仏の存在は信じています。そして願わくば、そうした神仏のパイプになって生きていきたいという願いは失っておりません。これは自分が教祖になるということではございません。どんな職業、どんな立場にあっても、神仏の愛のパイプとなる生き方は可能だと信じています。

したがって、これは私のそれまでの信仰姿勢への中傷であり、虚偽の、事実の捏造による人格攻撃にほかなりません。

 繰り返しになるかもしれませんが、大川隆法氏が人を攻撃するときに、「あいつは教祖になりたがっていた」というのが常套手段となっています。大川きょう子さんも「共同教祖」を主張したのでけしからんとう主張でした。

大川隆法氏は教祖という言葉を、教団財産の権利者という観点から見ているようです。ですから、教団の財産をねらっているという印象を植え付けようとするのです。
そういう繰り返される主張を見ていると、大川隆法氏は教団を自分の財産として偏愛しているのではないかと思えてきます。


『舎利弗の真実』解説18

2012年7月20日
『舎利弗の真実に迫る』講義18
 ダイバダッタの可能性

「里村 最初にちょっと口を滑らせましたが、あなたはシャーリプトラではなく、本当はダイバダッタなのではありませんか。
種村偽守護霊 いや、『ダイバダッタをいじめたことは悪かったな』と思って、反省して、今、逆のことをやって、カルマを消そうとしてるわけだ。
里村 そんなカルマの消し方はないですよ。
種村偽守護霊 ダイバダッタは正しかったかもしれない。
里村 そんな・・・。
種村偽守護霊 仏陀は老いぼれとったから、本当は、引退させて、教団の若返りをかけるべきだったのかもしれない。」(『舎利弗の真実に迫る』P125)

<解説>

ここは種村修をダイバダッタであるかのように印象付けたい、という大川隆法氏の意図が感じ取れる部分です。大川きょう子さんを裏切りのユダに仕立て上げたわけなので、種村修をダイバダッタに仕立てると、このコンビは非常におぞましいものとして、印象付けられます。

これまでの分析で、私は「種村偽守護霊」は大川隆法氏の意識の兄弟であることを実証的に解明してきました。そこで知りたいのが、ではこの大川隆法氏の魂の兄弟は、一体本当は誰なのかということです。里村さんが言っているように、ダイバダッタの意識が話している可能性を、私も感じます。

 そこから、私はこういうことを空想しました。ダイバダッタが生まれ変わって、今度は自分が「教祖」になって「仏陀教団」をつくり、「世界宗教」にする野望を実現しようとします。昔、自分の野望を阻止した仏弟子の名前を自分の弟子に与え、一定の仕事をさせてから教団から放り出します。そのあと教団内で、全職員を集めた研修会を開き、この人間がどれほど駄目な弟子だったかを徹底的に教えこみ、事実上の抹殺を図ります。
ところが、12年後に教祖の女性問題を取り上げて反省を迫る手紙を書いてきました。また「信者さんが納骨壇の返却を希望しているので、お金を返してあげてください」とも言ってきました。「教祖」は激怒して、この者を「除名」処分にし、「現代のダイバダッタ」として葬り去ろうと考えます。しかし、真のダイバダッタの生まれ変わりである「教祖」は、それでは自分のプライドが許さないので、「ダイバダッタに洗脳された愚かな名前もない弟子」と認定して、完全に抹殺しようとします。これでこそ「ダイバダッタをいじめたカルマの刈り取り」だといえるわけです。シャーリプトラと認定されてきた者にふさわしい仕返しをしたのかもしれません。

「ダイバダッタをいじめたカルマの刈り取り」とはどういうものだろうかと、その一点から素直に考えたのが、以上の「空想」です。でも、本書を熟読すると、これを単なる空想と一笑にふすことが出来ない要素があるように感じるのです。

本書で大川隆法氏は、幸福の科学でそれまでシャーリプトラとみなされてきた人物(種村修のことですが)に、「ダイバダッタをいじめたことは悪かったな」と思って反省していると説かせています。また「ダイバダッタは正しかったかもしれない」と言わせています。
これを一番言わせたい人物がいるとしたら、誰でしょうか。やはりダイバダッタ本人ではないでしょうか。そして、ダイバダッタであれば、その発言をシャーリプトラとされていた人物に語らせたら、さぞかしすっきりするのではないでしょうか。

 ただし、大川隆法氏は、種村修をダイバダッタと認定することは避けています。それは主張の整合性が取れなくなるからでしょう。ダイバダッタは五百人の食い扶持を確保して、それを餌に釈迦弟子を誘って分派活動をしたわけです。ところが大川隆法氏が描きだす種村修は、自分の生活費にすら困って、ゆすり・たかりをする人物なのです。これでは種村をダイバダッタの生まれ変わりと言っても、話のつじつまが合いません。いや、ダイバダッタのプライドが許しません。だから、元拝火教徒の名もない仏弟子で、ダイバダッタに餌でつられて洗脳されていた人間という人物設定をしているわけです。

 この本を繰り返し読んでみて、不思議と印象が残るのは、ダイバダッタ復権への布石が打たれていることです。「種村偽守護霊」にダイバダッタは正しかったのではないかと言わせているだけではありません。最終章に出てくる「大川・舎利弗」もダイバダッタをある意味で非常に擁護する発言をしています。その結果、全体的な印象として、ダイバダッタはそれほど悪い人ではなかったのではないかという印象が残るように書かれているのです。

「仏陀は老いぼれとったから、本当は、引退させて、教団の若返りをかけるべきだった」というのは、本物のダイバダッタの言い分でしょう。大川隆法氏は、常に古参職員に還俗圧力をかけ、段階的に教団の若返りを図っていますから、この主張は大川隆法氏が実践して見せていることです。ただし、「仏陀」と称する自分はそのままで、幹部職員らの若返りだけを図っていくわけですが。

私は、大川隆法氏がこの本で、ダイバダッタを弁護する深層心理は何なのだろうかと考えました。その結果たどり着いた一つの仮説が、大川隆法氏は本当はダイバダッタの魂の親なのではないかというものでした。もしそうだとすると、大川隆法氏が金集めに固執するのも、女性問題を多発させるのも、最初は真面目に修行していたのに、後に堕落していくのも、すべてうなずけます。お釈迦様の魂の親ならあり得ないことばかりをしています。しかし、ダイバダッタの魂の親なら、分かる気がします。

これは、あくまでもそういう可能性が一筋見えるというだけです。そう断定しているわけではありません。しかし、そう考えるといろいろつじつまがあってくるので、今後の研究課題としたいと思っています。


『舎利弗の真実』解説19

2012年7月21日
『舎利弗の真実に迫る』講義19
 タイプ論でみた大川隆法と種村偽守護霊

「種村偽守護霊 そうなんだよ。俺みたいな善人が出世せないかんのや。だけど、『俺みたいな善人が出世しない』ということは、『この教団が「悪の教団」だ』ということを意味している。
斎藤 つまり、自分が出世しないために、当会は『悪魔の教団』になったわけですか。
種村偽守護霊 そうそうそう。悪魔の教団だ。これはもう、文殊菩薩と意見が一致してるんだ。(中略)だから、『そういう、立派な教えを広げたり、「智慧第一」と呼ばれたりしていた人が、こんなにも不幸をかこっている』ということは、『この教団が悪魔に支配されている』いうことだ。」(『舎利弗の真実に迫る』P126~P127)

<解説>

「教団の中で重要な役職が与えられなかったり、落ちこぼれたりすると、それを恨みに思って教団に敵対するようになります。これが分派活動をする弟子に共通してある欲望です。その奥にあるのは嫉妬心です。」
 大川隆法氏が弟子を辞めさせたり、辞めた弟子を攻撃したりするときは、この論理を使います。これは辞めた人を、無能な落ちこぼれということで全部ひっくるめて批判できるので大変便利な理論です。

 それにしても、この種村偽守護霊の言い分はすごいです。「自分はこれほど善人で素晴らしい人間なのに、その自分を認めず、出世させず、逆に追い出してしまう教団は『悪魔の教団』であり、自分への不当な仕打ちを見れば『この教団が悪魔に支配されている』ことが分かる」とまで言わせています。

しかし私たちは、大川隆法氏がこれとそっくりの論理を使って、自己弁護しているのを知っています。
 大川隆法氏は、これほど素晴らしい幸福の科学の思想が日本に広がらないのは、日本が宗教に偏見を持ち、悪魔に支配されている国だからだといいます。また衆院選挙に三百人も出て全員落選するのは、自分たちのことを正当に報道しないマスコミのせいだ、とマスコミを批判し、マスコミは悪魔に支配されていると糾弾します。最後にこの国は悪魔に支配されていると断言します。

 この二つを見比べると、論理の構造は瓜二つです。「種村偽守護霊は大川隆法氏の意識の一部(魂の兄弟)である」という主張は、ここにも根拠を見出せるようです。

 大川隆法氏は、世間が自分を認めてくれないので、自分で自分のことを「国師」と名乗ったり、「大救世主」と名乗ったりします。仏陀であることに疑問を投げかけた種村批判の本書のあとがきには、「仏陀 大川隆法」と書いています。つまり、自分を認めない存在が増えれば増えるほど、彼の自己宣伝は過剰になっていくのです。だから最近では、大宇宙の根本仏と呼ばせているようですが、その背景には、会員の減少や総選挙での敗北など、マイナスの評価の増大があるのではないでしょうか。

 大川隆法氏の自我は、ハイパーインフレーションを起こしています。自我肥大です。あまりにも自我が膨らみすぎて、宇宙神になりました。これをエル・カンターレ信仰と言います。

 ひるがえって私の思考形態はどうだろうかと反省しました。
私は大川隆法氏から「釈迦の一番弟子の舎利弗であり、イエスが最も愛した弟子の福音書のヨハネであり、禅宗の開祖の栄西であり、密教を唐の国教にし、死んで後には空海の入唐求法を指導した不空三蔵であり、天上界ではゼウスの守護霊をしたこともあるアサートである」と言われてきました。これは『黄金の法』等の基本書にも出てくる名前です。
私はかつてこれを全部信じていました。信じたために、内心のプライドが高かったのは事実です。しかし、現実には教団を還俗し、社会に出ても今までやったことがない仕事をやってみて挫折をし、徹底的に自分の未熟さを見つめることになりました。大川隆法氏を仏陀と信じていたので、過去世認定を疑うことなく、ひたすら今世の自分の出来の悪さを責めました。そして絶望感と戦ってきました。

在家に戻って7年後ぐらいたったころでしょうか。日光精舎に約10日間泊り込んで反省修行したとき、一人、礼拝室のエル・カンターレ像に向かって、魂から搾り出すような声で、次のようにお詫びをしたことがございました。
「仏陀よ、今世の私の出来の悪さをお許しください。あなたから舎利弗であると過去世を明かして頂きながら、何らお役に立てない今世の未熟な私をお許しください。」

つまり私は徹底的に自分自身を責めるタイプなのです。自分を認めない教団や世間を悪魔として責める「他罰的なタイプ」の人間ではなく、自分を責める「自罰的なタイプ」の人間なのです。ですから、種村偽守護霊に語らせている言葉は、私の心境とは相当かけ離れています。

一方、大川隆法氏は、責任はすべて相手にあるとする「他罰的なタイプ」の方です。それを一番感じたのは、大川きょう子さんへの批判を聞いたときです。私も離婚していますが、幸福の科学の教えから言っても、また常識的に言っても、夫婦の責任は五分と五分のはずです。相手が悪いと言っても、そういう相手に育てたのは自分です。幸福の科学でもそう教えています。

しかし、大川隆法氏は、ご自分が当事者になると、全部妻のせいにされました。そして、教団から追放した後も、「口臭が臭い」とか「便器の裏が汚れていた」とか、聞くに堪えない悪口を本に書き、さらに恐ろしい守護霊の言葉を本に出して人格攻撃をされます。信者全員に呪詛(「悪妻封印祈願」)までさせました。これほどの極端な「他罰的なタイプ」は珍しいです。

大川隆法氏を知るある医師は「これはボーダーラインと呼ばれている人格障害の典型的な症状です」と言いました。別の女性の会員さんは、「奥様を追放するだけでは満足されず、羽根をむしりとって、飛べないように半殺しにする行為を見て、信仰に疑問を感じ始めました」と悲しげにいわれました。

 他罰より自罰の方がいいとは申しません。どちらも極端であり、中道から外れています。でも他罰的なタイプの種村偽守護霊と、自罰的なタイプの私の間には、大きな開きがあるという点だけは、申し上げたいと思います。加えて、種村偽守護霊のタイプは大川隆法氏のタイプに酷似しているという事実は指摘させていただきたいと思います。


『舎利弗の真実』解説20

2012年7月21日
『舎利弗の真実に迫る』講義20
 ダイバダッタを擁護する理由とは

「種村偽守護霊 ・・・後世の人からは、『ダイバダッタは偉い人だった』っちゅううわさもあるんだよ。」「『舎利弗の真実に迫る』P128」
 
「種村偽守護霊 『彼(ダイバダッタのこと)は真面目な方で、仏陀が初期に決めた五戒の教えをキッチリと守って、貧乏生活をしていた。衣は一枚だけにして、お金は受け取らず、一切の欲を断ち、五戒を守って、真面目に精進しとった』ということをねえ、後の坊さんも言ってた。」(『舎利弗の真実に迫る』P128)

「種村偽守護霊 (釈尊に対して)あれは特別食を食って、太ったのよ。(中略)ダイバダッタは、それを『堕落だ』と言った。」(『舎利弗の真実に迫る』P129)

「種村偽守護霊 やっぱり、『初心、忘るべからず』で、食べず、もらわず、質素に生活する。これは、君ね、今の仏教学者にも支持している人が多いんだよ。『ダイバダッタは、実は真実の人だったのだ。誠実な人だったのではないか』というふうにね。」(『舎利弗の真実に迫る』P129)

「種村偽守護霊 仏陀が、・・・娼婦のアンバパーリだとか、あんなやつらからお布施をもらったり接待されたりするっちゅうのは、これはもうイエスと一緒で、完璧に堕落しよったわけよ。(中略)だから、堕落はいけない。やっぱり『初心貫徹』で、要するに、西荻時代の教団を貫徹すべきだったのね。うん。
里村 今の言葉は、『シャーリプトラの言葉』ではなくて、完全に『ダイバダッタの言葉』のようですね。」(『舎利弗の真実に迫る』P130)

<解説>

少し長い引用になりましたが、この本でダイバダッタ擁護・礼賛が如何に熱意を込めてなされているか。そしてダイバダッタの論理によって仏陀が誹謗されれているか、よく分かる部分です。「種村=ダイバダッタ的な人物」という印象操作がなされています。これは私への誹謗中傷ですし、真の仏陀に対してこういう失礼なことをいうと言うのは、あり得ないことです。

ただし、そういうことにして、私を貶めたいのが大川隆法氏の狙いでしょうから、それはそれとして彼の気持ちは理解出来ます。

しかし、この本のP246には大川・舎利弗の言葉として、「私は、『ダイバダッタそのものは、もともと、仏弟子としての素質がそうずっと悪かった』とは思いません。」と言ったダイバダッタ擁護をしている箇所とあわせて読むと、この本全体としてダイバダッタを擁護したい、復権させたいという底意が潜んでいるのを感じます。

『舎利弗の真実に迫る』講義18で、私は大川隆法氏の過去世が真のダイバダッタなのではないかという可能性を示唆しました。私はこの講義で繰り返しさまざまな角度から、種村偽守護霊も大川・舎利弗も大川隆法氏の意識であることを実証的に論じてきましたが、彼らがダイバダッタを熱心に擁護しているということの理由は、まさに彼がダイバダッタと密接な意識であるからではないのでしょうか。


『舎利弗の真実』解説21

2012年7月21日
『舎利弗の真実に迫る』講義21
 教団の犠牲者を減らしたいから

「里村 今、仏陀教団の話しが出ましたが、今世、なぜ、幸福の科学において主を誹謗し、さらに、信者さんをそそのかして、『植福』(布施)の返還請求などをさせたのですか。
種村偽守護霊 いや、それは、やっぱりねえ、俺の退職金、使い果たして、もうないんだよ。(中略)
里村 ・・・やはり、あなたは食い詰めたために、今回、そのようなかたちで植福の返還請求をそそのかしたわけですね。
種村偽守護霊 食い詰めたら、それはもう、門前を借りて、切腹のまねをしてでも、金取るのが、当たり前だろう。」(『舎利弗の真実に迫る』P132~P134)

<解説>

 これは酷い人格攻撃ですね。完全な名誉毀損です。特に返還訴訟を支援する種村の動機の不純さを強調することで、このお布施返還訴訟がいかに不当なものかを印象付けようとしています。その動機が「食い詰めた」「退職金を使い果たした」というので、パロディーですが、非常に醜い人格攻撃であることには変わりありません。良識のある方ほど、こうした攻撃の仕方をする側を、品性下劣と判断されますので、注意された方がいいと思います。

 私は還俗して以来、少なくともきちんと仕事で生活して来ましたし、多少なりとも蓄えもつくりましたし、「食い詰めて、門前で切腹の真似をして、金を取る」ようなさもしい根性は持っておりません。本当に失礼な言い方をされる方だと思います。

 私の心の奥には「道心の中に衣食あり」「使命を果たすとき、天がその人を養ってくださる」という一種の宗教思想があります。この思想があるので、欲得でない行動が出来るのです。
母の遺産も天の助けの一つでしょう。また、心検で喜んで学んでくださる生徒の皆様、なかには遠方の地からでも通って下さる方々も数多くおられます。こうした方々こそ、私を支えてくださる方々です。この生徒さんのために、私は頑張りぬく覚悟でいます。

 お金に執着しているのは大川隆法氏です。なぜこんなにお金集めに奔走されるのでしょうか。ご自分の見栄で拡大する事業欲を抑え、大悟館で使うお金を削減されたら、もっとロー・コストで経営できるはずです。人が来ないところに建物を建てすぎておられます。大川隆法氏も一つが二千万円もする腕時計を、両腕につけて講演するような、恥ずかしい真似は二度とされないで下さい。
 
 また理事を大量生産されていますが、局長・理事クラスには月額百万円以上を支給されているようです。こうした人件費のバラまきをおやめください。もともと宗教法人の職員というのは、それほど高給取りになってはいけないのです。なぜなら信者の皆様のお布施で生活しているからです。信者さんの中には理事・局長さんたちの数分の一という人が数多くいらっしゃいます。この方々は、爪に火をともすようにして生活を切り詰めたなかから、人類のお役に立つなら、仏陀のお役に立つならと、布施をされているのです。

 大川隆法氏は、信者は老後の心配は要らない、適当な時期にあの世に引き上げてもらえるという説法をされたこともありますね。これを信じた人は、老後の蓄えまで切り崩されています。

 私はこうした人々が気の毒でなりません。教団は彼らを助けてくれないからです。私は大川隆法氏と教団の犠牲者が少しでも少なくなるように、勇気を持って裁判に立ち上がってくださった方々に、深い敬意を捧げます。その方々は自らの意志で、あえてその道を選ばれた勇者です。こうした勇気ある方々のためなら、いくらでも微力を捧げさせて頂く覚悟でいます。


『舎利弗の真実』解説22

2012年7月21日
『舎利弗の真実に迫る』講義22
 簡単に見破れます

「里村 そうやって、大変な恩義のある総裁先生に対して・・・。
種村偽守護霊 いや、恩義はない! わしが、あの三百三十万教団の遺伝子を入れたからこそ、幸福の科学は、今、世界宗教へと向かってるんじゃないか。」(『舎利弗の真実に迫る』P134)

<解説>

 どうしてこういう言葉が出てくるのか、すごく不思議に思いました。私は別に生長の家の遺伝子を、幸福の科学の経営に持ち込んだわけではありません。編集部の仕事だけは、生長の家時代からの培ったものがありましたから、一部それを使いもしましたが、ほとんどは高名な一般紙の編集長の手法を学んだりしながら改良していったもので、生長の家の遺伝子はごく一部でしかありませんでした。編集部は、その後大きく変わっていますので、痕跡があるとは思えません。

大川隆法氏に恩義を感じていないというのも、事実ではありません。数々の場面で霊的にもこの世的にも助けて頂いたり、守っていただいた事を感謝しておりますし、なによりも初期のころの目の覚めるような法を説いてくださったことにはとても感謝しておりました。

しかしながら、それも私自身が錯覚していた愚かさの証明であったのかもしれないと、深く反省する必要を感じ始めております。私には、自分が情熱を持って費やした日々をよきものであったと思いたいという気持ちがあります。その気持ちは、大川隆法氏もいいところもあったと思いたい気持ちへとつながります。しかし、今の段階では、たとえそうした面が一時期あっても、それを言うことが、もはや害にしかならないのではないかという不安を感じ始めています。それだけ大川隆法氏と幸福の科学の異常性の度合いが深刻化していると感じているからです。もっと早くにそれに気がつかなかった無明は、人から責められてもしかたがないと反省しております。

私はエル・カンターレの弟子として、信者として一生を送らせていただければ、それで満足だと思って、日々「正心法語」を全部読ませていただき、周に一度は幸福実現党のために街頭演説を有志の会員さんを誘って行うという生活を、1、2年前まで行ってきたのです。深く洗脳されていたといわれればそれまでですが、私はある意味で馬鹿がつくような真面目さが取柄の人間なのです。馬鹿でしたので、多くの人々に大川隆法氏を信仰するように勧めてしまいました。この点は深く反省します。

種村守護霊を騙るにしても、もう少し私らしいことを言わせられたらいかがでしょうか。私は生長の家にいたことを、そんなに大げさに自慢したり、恩着せがましく言ったことは一度もありません。これでは私が、「これは私の守護霊ではない」とあまりにも簡単に見破ってしまうではありませんか。


『舎利弗の真実』解説23

2012年7月22日
『舎利弗の真実に迫る』講義23
 大川隆法氏の猜疑心 

「斎藤 では、あなたは教祖になりたいのですか。
種村偽守護霊 教祖ですよ。もちろんです。だから、今、ここの嫁さんだか元嫁さんだか知らんけど、あれが教祖になろうとして撃退されとるんだろう?
里村 そうです。
種村偽守護霊 だから、俺が力を貸してやって、何とか乗っ取りを成功させてやろうとしているんじゃないの。」(『舎利弗の真実に迫る』P136)

<解説>

 これは、私が幸福の科学教団の教祖になりたいと言わせています。こうなると大川隆法氏の妄想としか言いようがありません。そういえば大川きょう子氏も二代目の教祖になりたがっているとして、排除されました。
 教祖の地位というのは、大川隆法氏の立場です。つまり大川隆法氏は私が彼の地位を狙っていると言わせているわけです。妄想と言うしかありません。
 ここで教祖になりたいというのは、教団財産が欲しいと言っているのと同じ意味で使っているようです。教団財産への固執は大川隆法氏であって、私ではありません。

前にも書きましたが、教祖になるというのは、大川隆法氏の願望であり、宗教から世界を支配するという野望をお持ちだと思います。大川隆法氏は、自分の座を誰かに狙われないかと、常に猜疑心をつのらせている人物です。ものすごく猜疑心が強いです。ですから、部下の中に自分より評判が高くなる人間が出たり、経歴が自分より高い人間がいると、常に猜疑心を持ちながら、同時にそれに嫉妬して、排除していくか意地の悪い人事異動を繰り返して、自分への忠誠心をとことん試していきます。

こういう猜疑心の強い大川隆法氏だからこそ、はむかうものが出ると、自分の座を狙っているのではないかと疑うのでしょう。それが「教祖になりたい」と種村偽守護霊に言わせている理由だと思います。

 私は大きな組織を運営していくタイプの人間ではないと思っています。そういう立場は、私には合わないし、万一そういう立場に立たされても、私は幸せではないと思います。ですから、大川隆法氏の勘ぐりは残念ながら、はずれです。

 弁護士の先生の仲介で、今年にはいって3度、大川きょう子さんと顔を合わせたことがあります。その時にきょう子さんにお話を伺いました。

 彼女の今の生活の基盤は、キリスト教会や東北でのボランティア仲間におありだと伺いました。彼女は、「幸福の科学と縁を切ったからこそ、世間の信用が得られた」と力説されていました。また、「自分のような立場のものを受け入れてくださった教会の先生は裏切れない」と言っておられました。これは、「幸福の科学とは縁を切る。もう教団には戻らない」という意味です。

 だから、教団の教祖を狙っているというのも嘘ですし、ましてそれを私が支援することもあり得ません。こういうことを、正しい意味で「事実無根」と言うのです。


『舎利弗の真実』解説24

2012年7月22日
『舎利弗の真実に迫る』講義24
 除名の権限

「種村偽守護霊 おまえ(里村)が除名したからだよ。
里村 ええ。」(『舎利弗の真実に迫る』P137)

ここでは広報局長の里村英一氏が、私の除名処分を決定したことになっています。宗教的には除名とは、破門と同じく、霊的な関係を断ち切り、特に師と弟子の関係を断ち切ることを意味します。そういうことを、大川隆法氏以外の人間が出来るわけがありません。そんなことが出来たら、その人が実質的な教祖です。

ですから、本書のこの部分は、大川隆法氏が自分の決定を、部下の決定に見せかけて、責任逃れをしていることを証明しています。こういう細かな細工を見ると、大川隆法氏がいかに責任の矢面に立つことを恐れる小心で気が小さい人物であるかが分かります。

 ちなみに里村氏が、「ええ」とそれを肯定しています。ここに事前打ち合わせで、その時に描かれたシナリオがあって、それにそってこの霊言が進んでいることを、垣間見せています。

大川隆法氏は、躁的な状態の時には大言壮語して攻撃的ですが、うつ状態に入ると、怯えて何も出来ないような心理状態になると、宗務の方から伺ったことがあります。大川隆法氏は本質的に気が小さい。これは彼を理解する上でのキーワードです。臆病で気が小さい人は、心臓病になりやすいのです。




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