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Rp 大川まり子 女帝説/6人の愛人説

〔真偽未確認情報です。この記事はアイマイミーブログを元にして、いくつか加筆して作られていますね。一応、愛人のところを中心にコピーさせて頂きます〕

■大川隆法の愛人6人衆流浪の実話/転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、愛の方、大門未来、実季の方(抜粋)
2011年09月01日/2012年12月更新/Weblog

◆きょう子離婚、近藤紫央と再婚
2012年11月13日=大川きょう子と離婚協議成立
2012年12月19日=教団職員の近藤紫央と再婚

大川きょう子は、2年間の離婚裁判の後、2012年11月に、離婚が成立しました。慰謝料は、3億円だそうです。大川きょう子は、公益財団法人「みちのく衛生の会」の代表をしている。

〔*編集註:2015年4月に『週刊新潮』で明らかになった、篠原誠による詐欺被害で、大川きょう子の被害額は7億5千万円と報じられている。離婚協定の和解金は少なくとも7億円以上ではないだろうか?という推論が成り立つ。その意味で3億円和解説に私は疑問を持っている〕

今は、規模を縮小して、2名で活動しているとのことです。だから、きょう子は東北にはいないようです。

2012年7月に、きょう子と、都内の高級住宅街で面談したという方もいるから、今も都内で優雅にお暮らしなのではないでしょうか。

2012年12月に、離婚に伴い、白金からは転居されました。ネットオークションで、エルメスのスカーフを売っていました。


◆実話噂小説・大川隆法の愛人6人衆流浪 2012年12月
白金の豪邸に住む、幸福の科学総裁 大川隆法は、
正妻であった大川きょう子に3億円の慰謝料を支払って離婚を成立させた。大川個人の財産からはビタ一文ださず、会員から集めた教団の現金をそれに充てた。自分の懐から手切れ金をださなくてすんだから、大川は いたくご満足だった。時は2012年11月のまさに半ばであった。

【大川きょう子との離婚関係】
・慰謝料の金額は「3億円」。
・会員から集めた教団の現金をそれに充てた。

以前から、白金の豪邸(大悟館)の奥には、大川のために常時6~7名の愛人(性奴隷)がいて、“華”を競っていた。大川は、金好き、女好き、薬好きの三拍子揃った人で、正妻だった大川きょう子との間に5人もの子をなしながら、いまだに愛人に種付けをこなしている。これまでの愛人の数はおよそ20人。

その数も、愛染美星(山田美星)や竜の口法子のように年をとって引退したものやら、「きゃんでいの局」、「恵の局」のように職員と結婚させて引退させたもの、自ら勝手に愛人引退を申し出たものなどだけをカウント。無理やりにてごめにしたものを入れると、その数は不明であるとのこと。この辺りのところは、大川の昔からの側近である村田堅信か、佐竹秀夫仙台正心館館長に聞くのがよいだろう。

〔*編集註:村田堅信は宗務系と見られ大川家の内情に詳しいだろう。佐竹秀夫は宗務の元警護課(現在は廃止)、91年フライデーや95年オウムの頃に身辺警護などを担当していた。また非合法担当で恫喝や脅迫を行う人物。愛人関係については詳しくないかもしれない。〕

【過去の愛人関係】
・これまでの愛人の数はおよそ「二十人」。ただし、無理やりに手ごめにした女性の数は含まずその数は不明。
・職員と結婚させてお払い箱にした愛人の名が「きゃんでい」、「恵」。
・しかし、大川は、部下の職員と結婚させたかつての愛人にも いまだ未練がある。

大川の悪い癖は部下である職員の、婚約者やその妻に異常な興味があり、饗庭直道の奥さんや、職員と結婚させたかつての愛人にもいまだ未練がある様子。饗庭直道は、若かりし頃、恋愛関係にあった愛染美星(山田美星)を、大川に愛人として差し出した苦い記憶があるので、いまは大川の目をごまかそうと必死だとか。

さてさて、この大川隆法、愛人No.1の地位にあった大川まり子(本名 山下真理子)を、大川きょう子と離婚・追放した後すぐに正妻に迎えようとしていたのだが、大川まり子は、まるで中国にあった清の国で権力を誇った悪名高い女性・西太后のような女性で、幹部職員たちからの悪評がひどすぎた。幹部職員たちは大川まり子が正妻の座につくことを最も恐れていた、といわれるほどの女性だった。そこで、重役クラスの幹部職員たちが謀議を重ねて打った手が、トップである大川への讒言(讒言ざんげん=他人を陥れようとして、事実をまげ、偽って悪しざまに告げ口をする事)。この讒言を聞いて怒り狂った大川は、大川まり子を平手打ちにした。負けるものかと大川まり子も大川の顔に引っかき傷をつけ、それから一週間は、大川も幹部職員の前にも姿を現すことがなかった。そして、あわれ、大川まり子は、その法名を剥奪された上、本来の山下真理子の名に戻って、新宿精舎の副館長として左遷・放り出された。

【大川まり子関係】
・大川まり子は、「西太后」のように幹部職員からは恐れられていた。
・大川と大川まり子の大げんかは、重役クラスの幹部職員たちが大川に讒言したのが原因。
・なお、大川と大川まり子の大げんかの様子は?

〔*編集註:この大川まり子の話は、当時2ちゃんログか、やや日刊カルト新聞さんのコメント欄で読んだ気がします。情報ソース不明の真偽未確認情報ながら、事情通のひとからの内部告発の可能性もあります。〕

さて、愛人No.1だった人物が追放されたとなると、そのほかの愛人の方々も喜んでいた。なかでも、最も はしゃぎまわったのが、南無原みろく。随分と はしゃいだ様子もあったが、気分にムラがありすぎて。その南無原みろくのイライラが大川の心に影響し、日本全国で行われた衆議院議員選挙の街頭演説旅行の際、大川は終始、幹部職員につらくあたった。

【南無原みろく関係】
・大川まり子追放後、南無原みろくは大はしゃぎした。
・2012年衆議院議員選挙での街頭演説の時期、南無原みろくのイライラが一番大川に影響を与え、大川が幹部職員につらくあたった。

大川きょう子との離婚が成立して、わずか1ヶ月あまり、2012年のクリスマス・イブの直前、石川悦男理事長が支部長会議の席上で「大川先生が再婚なさいます」と発表したのだ。「お相手は、(愛人の一人である)近藤紫央さんです」と。その日から、近藤紫央は、総裁補佐の称号を得た、正妻となった。

【再婚、近藤紫央関係】
・幸福の科学内部には、年が明けてから再婚の公式発表をする予定。
・外部発表については不明
・近藤紫央が「総裁補佐」の称号を得ている。

ところで、本来は、めでたいお話であるはずのこの再婚が、なぜか評判が悪い。活動会員の みなさんから不満の声があがる一方で、大川に賛成しない、元会員を含むアンチが一斉に嘲笑し始めた。一番、文句のひどかったのは、大川「命」であった活動女性会員たちであった。これに慌てたのが幹部職員たち。急に、箝口令(かんこうれい)を敷いて、渡辺氏(渡邊伸幸?)が仕切り役となって、会内の噂話でさえ取り締まろうと言っている。そして、幸福の科学内部では、年が明けてから再婚の公式発表をするという。それまでは、再婚の話を口にしたものには、重い処罰を科すという。何をそんなに怯えているのだろうか? もう、大手のマスコミからフジのマスコミまで全てを詳しく知ってるという。

【マスコミ関係】
・大手マスコミに(フジなどにも)。

さて、大川の再婚の問題は、会員さんの気持ちを動揺させているだけではない。職員たちも、大悟館にいる愛人たちも同様に揺れているのだ。職員たちは、新妻である近藤紫央に いかに取り入るかが幹部職員たちの最大の関心事。あの西太后のように恐ろしい女性だった山下真理子をやっと遠ざけられたのだから、こんどの近藤紫央には、幹部職員たちの意のままに動いてもらい、あの殿 大川を操縦してもらわねばならない。

すでに幸福の科学の財政もそして資金も底がつきかけている段階になっていることも考えると幹部職員たちの頭が痛い。職員たちをみすみすリストラに追い込むようなことにでもなれば、幹部職員としての示しがつかない。「武士は食わねど高楊枝」どころではないのだ。一方、愛人(性奴隷)の側では、転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、「愛の方」、大門未来、「実季の方」が、それぞれ殿大川の寵愛を受け、あわよくば大川との間に子供ができることを願っている。中には、幹部職員と浮気しながら、正妻の地位を絶たれたいま、せめて愛人第一の座を狙って、激しい嫉妬とオンナの情念の世界に身をやつしているのだ。愛人同士の戦いは おぞましい、知らぬが仏。

【現在の愛人関係全般】
・現在の大川の愛人は、転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、愛の方、大門未来、実季の方の6名。
・転法輪蘭がすでに愛人に復帰。
・この6名のうち誰かは、幹部職員との浮気を楽しんでいる。

また大川の西側の館に住んでいる、大川きょう子との間にできた5人の子供。父である大川隆法の再婚のことを、どのようにうけとめておられるのであろうか。賛意を示していないとも・・・?それは、そうかもおしれない。これまでにも腹違いのご兄弟がいるとの噂もあり、その上に、近藤紫央との間に、男児でも誕生しようものなら、お世継ぎがとして誰が指名されるのかが不安で、不安で仕方がない毎日であるとのこと。父である大川は、すぐ気が変わる殿なのだから。

【新たな内部告発情報】
・(噂レベルかもしれないが)大川きょう子の子供の中には、再婚に賛同していない子供もいる。

また、このような状況をずっと気がかりで見つめている職員もいる。あわよくば2代目指名された人のお守り役になって、2代目が幸福の科学のトップに就任したときに職員のトップになりたいと狙っている者がいる。2009年の衆議院議員選挙で、相当な悪事を働いた吉田達也などである。

【新たな内部告発情報】
・吉田達也が、2代目を見定めてまたぞろ悪事を働こうとしている。

いやはや、ちっぽけな、数百名の職員と五千名の活動会員でなりたつ幸福の科学も、今回の殿大川の再婚が、家督相続をも巡るお家騒動の火種となりつつあるようだ。

2012年12月

(以下、きょう子のみちのく会、新潮の心不全の話は略)

∮大川隆法の愛人6人衆流浪の実話/転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、愛の方、大門未来、実季の方
https://blog.goo.ne.jp/ygv123/e/b13f009edac1e6138b359d9c8cfe74e1

 
■元になっているアイマイミーブログ
「2012/12/27up  白金城 大奥マル秘物語」「2012/12/29up 職員必見 リストラを回避する方法」から抽出した【新たな内部告発情報】まとめ

【再婚関係、近藤紫央】
・幸福の科学内部には、年が明けてから再婚の公式発表をする。(外部発表については不明)
・近藤紫央が、「総裁補佐」の称号を得ている。

>幸福の科学グループ創始者兼総裁 大川隆法先生 「新春御結婚記念対談」(46分)
>この度、大川隆法総裁先生より「新春御結婚記念対談」を賜りました。心より感謝申し上げます。


【大川きょう子との離婚】
・慰謝料の金額は「3億円」。(以前、ふとし君が1.2億円以上2億円未満と報じたが、それを上回る金額が真相のようだ。)
・会員から集めた教団の現金をそれに充てた、という事実は今月、アイマイミーさんご自身がすでに暴露。

【現役の愛人関係全般】
・現在の大川の愛人は全部で6名。転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、「愛」、大門未来、「実季」。
・転法輪蘭がすでに愛人に復帰。
・この6名のうち誰かは、男性秘書である宗務本部長 武田亮との浮気を楽しんでいる。

→「愛の方」候補は鈴木愛で確定。
>もう1人「愛の方」候補を発見した!
>鈴木愛 (写真入り)
http://www.facebook.com/megumi.suzuki.14
(リンクアウト)
>居住地が東京都港区 12月22日に滋賀県を訪問している。前妻の恭子氏に似ている。
>2012年12月30日 14:59 (やや日コメ欄)

【過去の愛人との関係】
・これまでの愛人の数はおよそ「二十人」。 (ただし、無理やりに手ごめにした女性の数は含まず、その数は不明 )

【大川の元・愛人をめとった幹部職員たち】
・その数は「少なくとも6~7人」
・この元・愛人のうち「恵」は武田本部長が夫、キャンデイ(愛称)は「名門の出のT」
が夫(→慶応出の鶴川でほぼ確定)。
・大川は、これら現役を退いたかつての愛人にもいまだ未練がある。

【かつて恋人を大川に差し出した幸福実現党幹部 K】(加藤文康1962生、黒川白雲1966生、小島一郎1971生、のいずれか)
・その元・恋人は、かつて姉も大川の愛人だった(F告発のアンババリー)
・結局 姉妹揃って愛人になった(参考、以下はF告発で既出)
・饗庭直道が恋人だった愛染(山田美星)を大川に差し出したから覚えめでたくなった。
・S(須呂崇司)は大川に恋人を素直に差し出さなかったばっかりに、それ以来、どさ周りの日々が続いて、饗庭・黒川の後塵を拝するようになった。

【妻を差し出した2012年衆議院議員選挙比例区立候補者 木下真】
・「妻を差し出して、職員リストラ寸前のところを助かった」
・妻を差し出し先は「つまびらかではない」(推理→差し出し先が大川以外であることの示唆?)
・妻・木下愛は、大川の愛人・南無原みろくの手先で、幸福の科学の直営のお店に勤務。

→以下の新情報あり。
>553 :神も仏も名無しさん:2012/12/30(日) 14:43:51.13 ID:h4nzWmMn
>衆議員選で落選した木下まことの嫁はやはりここにいた!
>ブックカフェ「HAPPY SCIENCE GINZA」
>木下愛 店長
>https://www.facebook.com/ai.kinoshita.79/info


【南無原みろく】
・大川まり子追放後、大川隆法の愛人の一人 南無原みろくは大はしゃぎした。
・南無原みろくが、アンチHSブログを読んでいる。そしてバカ怒りしている。
・2012年衆議院議員選挙での街頭演説の時期、南無原みろくのイライラが一番、大川に影響を与え、大川が幹部職員につらくあたった。


【大川まり子(本名:山下真理子)】
・1ヶ月前まで愛人筆頭だったが、大川と大げんかして、大川にひっかきキズを負わせ、大川まり子の法名剥奪の上、新宿精舎副館長に左遷。
・大川まり子は、「西太后」のように幹部職員からは恐れられていた。

【その他】
・(ウワサレベルかもしれないが)大川きょう子の子供の中には、再婚に賛同していない子供もいる。
・村田堅信は、大川がレイプしてた「東大卒」の清楚な女性の家にまで行って、口封じをした。
・吉田達也が、2代目を見定めてまたぞろ悪事を働こうとしている。
・Mという部長職の人間が、こういう変なところになぜだか登場。(推理→松尾部長?)
・(文面から推理→アイマイミーさんがいち早くつかんだ今回の情報は、大手マスコミに(フジなどにも)細大漏らさず、アイマイミーさんがすべて流している。

以下、アンチHS「12/28UP  虎の尾を踏んだ幸福の科学」から内部告発部分を抜粋。
【幸福の科学グループ広報局長 渡邊伸幸関連】
・2012年衆議院議員選挙、大川隆法に「安倍内閣への入閣の可能性は十分にある」と報告。
また「幸福の科学内では一番正解に人脈がある」と豪語。

・『スピリチュアル党首討論』―安倍自民党総裁vs.立木幸福実現党党首― 2012年9月26日収録について、10月のある日、 安倍氏サイドからの抗議の電話があったとき、真っ先に逃亡。「担当者不在」で逃げ込もうとし、 ついにはつかまって、言った言葉が「うちは出版社ではないので、わかりません」。

情報元 アンチHS
http://antikkhs.blog119.fc2.com/
(リンクアウト)

情報元 OKブログ (数々の情報サイト情報の検索性に優れる)
http://ameblo.jp/oklucky
(リンクアウト)

アイマイミーさんブログ2013年1月初頭「大川家の めでたい初春によせて」から内部告発情報を抜粋。

【愛人6名(転法輪蘭、転法輪蘭、釈量子、南無原みろく、鈴木愛、大門未来、「実季」)】

・大川の愛人6名は、大悟館内常駐組と大悟館外待機組に分かれる。
・正妻の近藤紫央は、愛人時代、大悟館内常駐組だった。
・大門未来は大悟館外待機組(旅行に随行する愛人)。
・正妻の近藤紫央(過去世・劉備玄徳)と大門未来(過去世・曹操孟徳)は過去世で仇敵同士だが、本人同士はいたって仲が良い。

【大川の子供】
・動物虐待癖のある子供がいる。

∮やや日刊カルト新聞
・仏陀再婚、大川隆法総裁次のお相手は坂本龍馬の生まれ変わり
http://dailycult.blogspot.jp/2013/01/blog-post_4.html
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『マインドコントロールの恐怖』カルトの特徴

■スティーブン・ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』

<破壊的カルトの特徴>

1 教義こそ現実

・一番効果的な教義は「証明も評価もできない。」

・教義は「受け入れるべきものであって理解すべき物ではない。」

・教義の欠陥は「信者自身が不完全だからこそそう見える。」のであって、完全で絶対的な「真理」となる。

・教義が思想・感情・行動のすべてを決める「マスター・プログラム」となる。

・自分自身を信じてはならない。

2 現実社会は白か黒か、善か悪かの二者択一

・多元論の余地はない。どんなに複雑な教義でも「善と悪」「霊的世界と物質的世界」等、2つの基本的な対極に還元される。

・お気に入りの「悪魔」がいる。(政治・経済の制度・精神衛生の専門家・超自然的存在etc)

・その悪魔の「巨大な陰謀」がグループを妨害している。

3 エリート心理

・人類のエリート部隊であり、人類を暗黒から啓蒙の新時代へ導くために選ばれた特別な存在と信じ込む。

・他のカルト集団の者を見下しており「カルト」で「洗脳」されている。と認めている。(自分達を客観的に見られない。)

・今までの人生のどんな時より責任が重いと感じている。

4 集団の意志か、個人の意志か

・個人は集団に服従。上位者への絶対服従。

・内なる自己を否定して、外の権威ある人物を信じるようになるので平会員は決断が遅い。

・頻繁に場所・仕事・地位を変え、心のバランスを奪う。

・不可能な目標を課し、失敗したら「不純」を告白させる。→他者依存性を助長させる。

5 厳格な服従(リーダーをモデルにする)

・頂点の最高リーダーが究極のモデル。末端メンバーには、何段階かのモデリングを通じて伝わった、最高リーダーの人柄が投影されている。

6 よい業績による幸福

・愛は無条件ではなく、良い業績をあげるかにかかっている。

・行動は賞罰でコントロールされる。

・人間関係は表面的で、「横」の友情ではなく「縦」の忠誠を求められる。

7 恐れと罪悪感による操作

・「悪魔」による恐れが大きな動機付けとなっている。

・問題は必ずメンバーの落ち度(信仰の弱さ・理解不足・悪霊・悪い先祖etc)にされる。

8 情緒的高ぶりと落ち込み

・メンバーは「真理」を体験したという幸福感と、思い罪と恥と恐れの2極感情の間を揺れる。
→人間の活動能力に大きな犠牲を強いる。

9 時間の態度への変化

・過去→すべてが暗い・悪い思い出に書き直される。

・現在→「破局が近い」という教えの下に、常に重責と切迫感を感じている。

・未来→「終末」までの時間が程よく設定(2〜5年後位)されていて、自分は大変革で報いられるか懲罰を受けるかのどちらかとされる。

10 出口なし

・「正当なやめる理由」がない。すべてメンバー個人の弱さ・高慢・罪に帰結される。

・やめたら自分・家族・人類に恐ろしい結果が及ぶと教えられる。


◆関連リンク
*マインド・コントロール研究所
http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/mc/index.html

 


小澤利夫~『レムナント』2001年12月号

小澤利夫
*700×580/小澤利夫 1991年

■『レムナント』2001年12月号
◆創価学会幹部、幸福の科学幹部からキリストへ
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/149souka.htm

かつて「創価学会」幹部として歩み、その後「幸福の科学」の幹部だった小澤利夫さん。彼はその後、いかにしてキリストを信じるようになったか。

創価学会時代の小澤利夫さん。公明党推薦で、
市議会議員選挙に第二位当選(37歳の時)。

*小澤利夫さんプロフィール

 小澤利夫(おざわとしお75歳)さんは、かつて創価学会幹部として、熱心に仏法に励んでいました。創価学会時代は、256世帯ほど折伏(伝道)して、創価学会に入信させたほど。公明党に属し、市会議員も務めていました。彼は創価学会理事会のメンバーとなり、会長の池田大作氏のもとで、側近中の側近として熱心に活動していたのです。
 
けれども、創価学会のあり方に失望して脱会。そののち、「幸福の科学」に入信します。

 そこでも彼は熱心さと誠実さを買われ、やがて幹部となります。教祖・大川隆法氏の側近、幸福の科学のナンバー2として活動していました。

しかし幸福の科学でも、失望を味わいます。そこを抜けた彼は、今はクリスチャンとして生きるようになりました。

 2001年8月に家族と共に洗礼を受け、一家そろって、クリスチャンとして歩んでいます。そこには、いち早くクリスチャンになっていた娘さんの影響もありました。

 現在は、かつて自分が創価学会や幸福の科学に導いた人々に対し、キリスト教再伝道をする毎日です。

今月は「ようやくホンモノの教えに出会いました」と語るこの小澤さんに、お話をうかがいました。

*小澤利夫さんの感話

焼け野原で

 昭和20年10月秋、上野駅に帰ってきた当時20歳の私が見た光景は、無条件降伏下にある日本でした。「二六○○年の神国」と威張っていた日本の長い歴史が、敗戦国という汚名に変わったのです。海軍に志願し、そこに属していた私でしたが、数え切れないほどの若い友人と知人を戦死によって失ないました。命からがら、私もやっとのことで上野に到着。大東京は、それまでに受けたB29による爆撃のために、無惨な焼け野原となっていました。空飛ぶ雀や、カラス一羽もいない。

 戦争の悲惨に、私の夢も希望も消されました。今後いかにして生きていったらよいのか、そのすべも失なっていました。私は茨城の田舎町に帰りました。

 当時、東京に嫁いでいた姉は、二歳の女の子をかかえて病の床にふせていました。老いたる母は、姉の看病に必死でした。父は、私が13歳のときに他界。姉の夫は、シベリヤ方面に敗残兵として抑留されて、生死不明。

 絶対絶命の我が家でした。それでも、それ以上の不幸と悲運の家庭が、無数に存在していたのです。姉は ほどなく他界。残された二歳の子を面倒見ながら、生きていくことで必死でした。

 「神風が日本には吹く、輝かしい戦勝を」と叫んだ当時の軍国主義者らが、戦後五〇数年たった今日において、なお東京・九段の靖国神社に、軍神として祭られています。

 考えてみると知識豊かな日本であるのに、宗教関係に至ると、本当に馬鹿げたことを平気でやっている。昔も今も、世の指導者たちの権力と、名誉と、傲り以外の何ものでもないのです。

 肉体を有する人間は、生きていても、死んでも人間に変わりありません。ところが日本の宗教界には、「我は神なり」「私は仏なり」等と言っている者たちがいます。

 神仏であるなら、人智で計り知れない現代日本の深刻な経済を、好景気に変えてみよ。神仏であるなら、三百万人の失業者に対し、納得のいく仕事や職場を与えてみよ。

 しかし、三位一体の位格を具備する神のもとより御子イエス・キリストは来て、2000年前にナザレの地から始め、人類の真の救済のため、命を張った伝道をされました。

 人間で最も大切なものは命。イエス様はご自分の生命を私たちのために血に染め流し、人々を罪と滅びから救うため、十字架上で救いの道を開かれました。真の救いはこの方にしかありません。

創価学会への入信

 インドの釈迦、中国の孔子、あるいは日本の宗教界の教祖たちの中に、人類の救済のために十字架にかかりし者がいたか。そればかりではありません。ゴルゴタの丘でイエス様は、最後の息を引き取る瞬間に至るまで、ご自分の命を取る者たちのために、とりなしをされました。

「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ二三・三四)と、心を振りしぼり、私たち全人類のため、尊い命を惜しげなく捨てていかれました。

 このイエス様こそ、人間の肉体の姿をとられた神の御子。地上における人々の罪をすべて、背負って死んでいかれたのです。

 人間は愚かです。自分の目に見えるものは信じるが、見えない世界は信じない。けれども、見える世界だけでなく、見えない世界が存在します。

 空気や、人の心や、電流等も目では見えません。しかし存在します。同様に、見えなくとも神様はおられますし、他界した人々の魂も永遠に存続しています。

 私は、当時の複雑な心境により救いを求めていたとき、創価学会員の折伏(伝道)にあい、入信していきました。

 釈迦の仏教的流れの中に、かつて日本において、法華経を本尊とする日蓮の宗派が現われました。創価学会は、その流れを汲みながら、信心によって自分の幸福を作っていこうとするものです。

 私は法華経を本尊とし、折伏に、座談会(家庭集会)に、学会の発表等のためにと、全力投球していきました。やがて公明党議員として20年、さらには本部の理事として、私は何千人、いや何万人の会員を相手に、その指導に日々を追われていました。

 私たちの住む俗世間には、様々な国があります。人間には主義や思想があります。たくさんの宗教が存在しています。その主義や思想、宗教が、正しき神の御心に一致しているか、あるいは反しているかによって、善悪が分かれると思います。誤った宗教や思想がいかに人間を不幸にするか、人間の生命や肉体に悪影響があるか、それは私が言うまでもないことでしょう。

 創価学会の内部事情をみて、やがて私は深い失望感を味わうようになりました。そして、いつまでも自分の良心を偽ることができなくなり、ついに54歳の春に、創価学会を脱会しました。

 当時、私は著名なジャーナリスト、藤原弘達/内藤国夫の両氏のお力を借り、インタビューに答える形で、創価学会を出た理由を詳しくお話ししています。それは一冊の単行本にもなりました(日新報道出版部刊『創価学会に未来はあるか』内「だから私は創価学会を脱会した」)。

創価学会への失望

 今にして考えてみると、私の人生の途上において病気あり、経済苦あり、失業あり、倒産あり、夜逃げあり、自殺未遂あり、この世の生き地獄を、七五歳の今に至るまで歩んでまいりました。四苦八苦の苦しみの道を、涙と共に歩みました。弱き人の心ですから、己以外の力に救いを求めるのは、人の常です。その救いのための宗教の道であり、その奥にこそ、人智で計り知れない神の恵みが存在している、と思っています。

 人生とは、まさに一冊の問題集です。過ぎ去った昨日までの過去は、なんびとにも変えることはできません。しかし、いまだ手のつけられていない明日からの人生は、己の心いかんで変えることが可能です。とするなら、私たち人間を造った方は一体誰なのか? 昔々、そのまた昔、猿が人間に進化したのか?

 私はそんな野暮な低次元の考えには、とうてい納得ができません。なぜなら、たとえば二〇世紀最大の科学者と言われ、私たちの尊敬と信頼を得ているアインシュタイン博士も、「私は神の天地創造の足跡を真剣に探し、求めていく人間なのです」と言っています。さらには、世界の心ある多くの人々からその死を惜しまれたあのインドの聖人ガンジーは、「私の生涯に最も深い影響を与えたものは、新約聖書です」と告白しています。ロシアの大文豪トルストイや、ドイツの詩人ゲーテも、「信仰こそは生の力なり」と。そして聖書の福音こそ最高であり、キリストの高潔さは道徳的修練をはるかに越えている、と述べています。

 マザー・テレサや、シュヴァイツァーも同様のことを言っています。日本においても、芥川龍之介をはじめ有名な方々が、聖書とイエス・キリストを心から讃美しているのです。

 私は創価学会に愛想を尽かせてしまいました。そして心を無にし、新しい人生をもう一度やり直そうと、決意したのです。そのあいだ、何度かクリスチャンの方からも伝道を受けました。しかし私の心の片隅には、
 「教会は暗い所である」
 「クリスチャンは弱々しい善人だ」
 「情熱がない」
 「そのくせ排他的」
 「一人よがりの堅苦しい人たちだ」
 「好奇心や愛の心からにじみでる笑顔も、あまり見受けられない」といった思いがありました。

 とくに聖書に至っては、マリヤ様が処女であり、その子がキリスト、イエス様であるというのが非科学的な文章に思え、いつも心のどこかに引っかかっていたのです。イエス様が地上に生息する人々を現に救うなら、普通の人間と同じ誕生ではいけないのか? 処女マリヤから生まれた等と、きれいに美しく人々に見せるために、後世の使徒たちが美化したのではないのか。そう私は考えていたのです。そして宗教そのものが、あまりにも美化しすぎる、きれい事にみえました。

幸福の科学への転向

 私は創価学会を抜けたあと「幸福の科学」に入信しました。その教祖の本には、私が思っていたと同じ意味の事柄が、よく文章化されていたのです。

 人智で計り知れないこの地上には、たくさんの事件や出来事が起きています。動物園の猿が、人間になるわけがありません。私たちの目には見えないが天上界という高次元に厳然とおられる、すべてのすべてを創造された「造り主」なる神様が、人間を造り、人間の生息できる大宇宙大自然をも創造されたのです。
 
いつ誰が詠んだものか不明ですが、私の心の片隅に焼きついている和歌があります。
 「闇の夜に 鳴かぬカラスの 声ぞする 
      生まれぬ先の 父ぞ恋しき」

人間の一寸先は、真っ暗な闇夜と全く同じです。その暗い闇の中を手探りで、死出の道を歩んでいるのだとすれば、いつ、どこで、何が人の道に起きても、それこそ当然です。

 今年(2001年)の9月11日、世界一を誇るニューヨークの大空に誇らしげにそびえ立っていたあの二つの世界貿易センタービルが、テロ攻撃のゆえに一瞬のうちに炎上、そののち無惨にも崩壊してしまいました。テロ事件を実施した者たち以外には、それが起こるであろうことは、誰にも知るよしもなかったことです。あのとき一万人近い尊い人命が失われました。そしていまだに多くの遺体が、発見されないままです。

 科学や文明がいかに発達し、天にそびえ立つような近代的な建物を人間が造ろうと、あるいは誇らしげに立派なものを幾つ造ろうと、所詮この世には、人間の力だけではどうしようもないものが存在しています。

 今こそ、それを悟っていくことが大切です。目には目を、歯には歯を、を取る手段を繰り返すなら、やがてその恨み、つらみが ますますつのって、その報いは忘れたころに数倍にもなって再び返ってくることでしょう。己が天に向かってするツバは、やがて己の顔に戻ってくるのです。神を愛し、祈り、隣人を心から愛して祈り、そして己の人生の途上にやがて起こりうる苦悩の解決のために祈り、神に真心こめて仕え、その愛をもって人に仕える。それを各自に成就することが急務です。

 「幸福の科学」という、仏教系とキリストを含めた「神々の霊言」を中心にした教えそのものは、本当に偉大であり、万人に通じる教えだったと思います。宗教に無知な人々にとり、特に『太陽の法』という「幸福の科学」の本は、宗教の何たるかを、やさしく解き明かしたものです。だからこそ、わずか十年の歳月で、数十万人の会員が世界中からその神の教えを求めて集ってきたのだと、思っています。

 でも残念なことには、「我は神なり」という誤解される教祖の言動に、その頃から、その会にもいられなくなりました。私以外にも、去る人々が少なくありませんでした。

 今、世で「私は神仏なり」という者を真に受けるのは、危険なのです。宗教界の中で、己が神であり仏であるとは、その教祖が口にすべきことではありません。

 会員とか信者を含めた万人の人々から、「あなたこそ神なり」と、心から尊厳される方こそ神であり、その方は人間ではなく、被造物でもなく、創造主であって、大宇宙に ただおひとりしかおられません。

 「正」しいという字は、「一に止まる」と書きます。唯一の神に止まるのが正しく、真に正しき方は ただお一人です。また、ただおひとりで充分なのです。

キリスト教との出会い

 明治40年代に、旭川国鉄運輸事務所に働く、ひとりのクリスチャンがいました。長野政雄さんといいます。2月28日、一台の列車が、たくさんの乗客をのせて塩狩峠にさしかかったとき、後尾の列車の連結がはずれ、ブレーキも故障して坂を暴走し始めました。その列車に乗っていた長野さんは、線路に飛び降り、自分の体を横たえてブレーキにし、ついに列車を止めました。鮮血が、真っ白く降り積もる雪を染めました。しかし彼が投げ出した命と、その愛の犠牲により、乗客の全員が助かったのです。長野さんは若い頃、北海道の札幌において、信仰に入りました。一人の伝道師が、雪の降りしきる街角で、路傍伝道をしていたのです。

「道いく皆さん、歩きながらで結構です。2000年前にあった真実の話を聴いてください。一人の馬鹿な男、あまりにも正直な男がいたのです。その人の名前こそ、イエス・キリストです。何一つ悪いことなんかしたこともない。否、すべて彼の行為は善に満ちあふれていたのです。その男が、人間で一番大切なものを、惜しげなく与えていくのです。最も大切なものは、みなさん、命です。後にも先にも たった一つの尊い彼の命を、多くの苦しみ悩み多い人々にあげてしまったのです。そしてゴルゴタという丘で、十字架にかけられて極刑になり、己の五体を鮮血に染めて息たえていくのです。

みなさん、その死に至るまで、イエス様は絶叫したのです。天の神様、槍で私の胸をさすこの者たちは、何をしているのか自分でわからないのです。だから赦してあげてください……と。みなさんの中で、自分を侮辱する者のために、あるいは、自分の心臓に刃物を突き刺して殺そうとしてくる者のために、愛の心をもって神に祈れる者があるでしょうか。」

 この伝道師の話、そしてその涙する愛の心に打たれ、長野さんは教会に行き、受洗されたとのことです。私も長野さんと同じく、同じ天の神様がお造り下さった人間の一人。私は、現代日本における二大宗教を脱会後、これらの真理、また真実世に起こったこの尊い出来事を知り、身も心もリバイバルできました。

 そして、もう一つの転機は、昨年の末、鈴木啓之牧師と出会えたことです。先生は、昔は極道者でした。三本の指をつめた、大阪きってのヤクザでした。その回心記は「親分はイエス様」という映画となりましたから、ご覧になった方も多いかと思います。

 私は はからずも、鈴木先生から直接、お話を聞くことができました。背中から両腕に、まぶしいくらいの入れ墨があります。三人のヤクザ者が悔い改めて、某教会の中で、三人とも涙ながらに信仰告白をやったそうです。

 鈴木牧師の涙で語る真実のその姿の向こう側に、私は偉大なる神の愛の光と、恵みを見ました。2000年前、私たちを罪と滅びから救うために十字架上で犠牲となり、血潮を流されたイエス様の愛を見たのです。

 私の体がふるえ出し、その場にいることすら出来なくなりました。涙、涙で、ほおを濡らしたのです。75歳になった私が初めて見た、初めて知った神様の愛! そして御恵み。 あれほど自分が みくびっていたはずの聖書の一言一句が、心に染みわたってきました。申し訳ない、神様、私が今まで心の底から求めていた真実真理の神様は、あなたでした。この牧師の口から語られている愛の神様こそ、真の神様です。

 今日まで、あれほど教会や、そこに集うクリスチャンたちを嫌っていた私であるのに――。ああ私は、そうした自分の心に「愚か者」のレッテルを張り、過去の自分と別れました。

すべてが益に変えられ

 さらにつけ加えるなら、久保有政師との出会いです。鈴木牧師と年代は同じくらいの、人類救済の熱血漢。45歳くらいの素晴らしい方です。レムナント出版を経営しており、聖書に関する書籍を発行している方です。高校時代に受洗して、日本を中心に世界を飛び回っては、秘めたる学説、数々の書籍を出版している先生です。

 この世の中で最も多いのは人の数であり、その中で最も少ないのも人です。人生の途上において己が出会った人によって、幸も不幸も人生の多くが決まります。

 私の場合、これら二人の先生との奇跡的な出会いの中に、目に見えない神様との出会いが秘められておりました。

 20歳の時から現在の年齢に達するまで、人生の問題集を自らが解き明かす中で、私はかつて創価学会や、幸福の科学にも身を置きました。そのこと自体は、幸いにして決して無駄ではありませんでした。

 なぜなら、学会の信仰の道においては、不惜身命、いかなる苦難にも耐え抜く、かの日蓮の雄々しい情熱を学ぶことができたからです。

 また幸福の科学においては、東京大学出身の大川隆法ご夫妻から、イエス・キリスト様こそ、天上界の十大天使の中で最高の霊力を持たれる「神の中の神」だと、教えられてきました。イエス・キリスト様のことは、今では聖書的な教えから理解しておりますが、イエス・キリスト様こそ最高の方であることは、じつは幸福の科学時代から教えられていたことなのです。

 こうして、いまや私は、偉大なる最高神である主イエス様の下僕となることができました。死に至るまで忠実に、不惜身命、学会で身につけた雄々しい情熱をもって、己の命を惜しまず信仰に励み、神と共に生き抜いていく所存です。

不惜身命の伝道

 創価学会や、幸福の科学で経験したことの中には、なかなか文字にしにくいような事柄も、たくさんあります。イエス様は「さばくな、さばかれないためである」と言われましたので、そうしたことなどはすべて、神様に おゆだねしたいと思います。

また御言葉に「あなたの隣人を自分のように愛しなさい」とありますから、つねに愛の心をもって、心に平安を保ちながら真実を伝えていきたいと思います。イエス様が十字架の死の直前に言われたあのお言葉「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」の心に、今こそ立ち返りたいのです。

 聖書の御言葉に真っ向から反対する人々も、自分で何をしているのか、わかっていません。彼らが誤った偶像崇拝を良しとしていることを、かわいそうと思い、心に祈りながら、あたたかい伝道の手を差し伸べていくことが大切です。

 ややもすると私たちクリスチャンは、受洗したときのあの喜びを、歳月とともに忘れてはいないか。今こそ、私たちは神の霊に燃え、主イエスの恵みを伝えていきたい。主が2000年前におとりになった言動や行動、それは迷える小羊である私たちに対する、天の神の恵みと愛です。聖言の中に「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい」(Ⅱテモ四・二)と。伝道が大事です。さらに聖言には「みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません」(ヤコ一・二二)と述べられています。教会に礼拝式や学習会に参加して、天の神に祈り、聖書の学習をするだけだったら、信仰とは申されません。主の御言葉を心から伝えていく――その実践活動こそ、信仰心その誠の道であるのです。

棺の蓋の閉じる日まで

 長い人生の途上には、日本国に四季があるがごとく、冬の身を切られる寒さがあってこそ、やがてくる春の暖かさがわかります。人の心の立場の痛みを己が知らずして、真の愛は表現できません。己の苦しみを信によって乗り越えた時にこそ、本当の喜びや、他の人々の涙の痛みがわかってきます。

 所詮、私のような者には、かつて主が歩まれた救いのための尊い道を、100%理解することなどできません。しかしその茨の道を、主のあとから、迷うことなくついて行きます。苦しみや喜びを共にする人生こそ、大切ではないかと思っています。

 私は、正しいはずのキリスト教会が数え切れないほどの派閥に分かれていることを、悲しく思います。確かに、どこの分派であっても、聖書を信じ、三位一体の神を信じてはいますが、なぜに統一できないのか。純真な心で宗教の道を求め続けた私にとって、その派閥、分派を見て、本当に失望したことがあります。やっぱり、いずれの信仰の道も同一なのか?

 本当かウソか、カトリックでは三位一体の神に加え、マリヤ様も神のようにして礼拝しているとか、今もってその本意がわかりません。マリヤを「神の母」と呼び、神様を生んだ母だからといって彼女を神のようにして礼拝するようになってしまうと、その意味が私たちにはわからなくなってしまうのです。

 でも、いつまでもそのような事に悔やんでいても、いたしかたのないことです。せめてプロテスタント派は、いずれ大同団結して、事にあたっていく。異体同心の交わりこそ、大事と思います。

 考え方によっては、たくさんの派があれば、自分たちの好きな教会が自由に選定できて、いいんじゃないのという若者もいる。……そうかも。
 私は今、心静かに私の良心に従って決定した教会に参り、いくばくもない命ですが、棺のふたの閉じるその日まで神の下僕として、聖言の実践運動に仕えていく心です。

 今後とも、よろしく温かく導いてください。最後に、天なる主の恵みを心から感謝申し上げます。アーメン。(『レムナント』2001年12月号より)

 小澤さん(シロアムキリスト教会役員)は今、残された生涯をキリストの福音のあかしに用いていきたいと願っています。講演・あかし等ご依頼のかたは、教会のほうへ連絡をお願い致します。
 

◆資料元 Remnant キリスト教 読み物サイト (画像多数)
*創価学会幹部、幸福の科学幹部からキリストへ
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/149souka.htm

 


フライデー事件 画像集

フライデー事件、景山民夫、小川知子
*800×580/景山民夫と小川知子

■幸福の科学 フライデー事件 画像集
(記事はのちほど、画像の保存はクリックして拡大したあとでダウンロードすると多少 画質がいいです。YouTube動画のキャプチャなので、横240で作れば もっとピント合うかもです)

*800×580/フライデー事件
幸福の科学フライデー事件


*800×580/フライデー事件
幸福の科学フライデー事件


*800×580/講談社
講談社


*800×580/ファックス攻撃
ファックス攻撃


*800×580/小澤利夫 1991年 フライデーに抗議
小澤利夫


*700×580/小澤利夫 別画像
小澤利夫*小澤利夫 第1回講演会で、大川隆法をタカノリではなく「リュウホウ先生」と呼び、13次元以上の存在とおだてる〔関谷晧元『虚業教団』大沢敏雄の発言〕。きょう子に対しては裏で「小娘」と呼んでいたとの証言多数〔アルゴラブ、ファルコン〕。元創価学会信者。すでに退会。現在はキリスト教関係の宗教をしているとのこと〔下記リンク〕

→*小澤利夫『レムナント』2001年12月号
http://sakurakaory.blog.fc2.com/blog-entry-639.html

(編集中)

◆画像出典
*【動画】上岡龍太郎はかく語りき 講談社vs幸福の科学
https://www.youtube.com/watch?v=AcmU837Louk


◆関連記事
*Se2 関谷晧元『虚業教団』2 大沢敏雄の発言
http://sakurakaory.blog.fc2.com/blog-entry-56.html

 


田原総一朗と大川隆法対談~『サンデープロジェクト』1991年10月27日

■田原総一朗と大川隆法 対談
◆サンデープロジェクト1991年10月27日 午前10:00

S:画面表示
大川=大川隆法
小川=小川知子
畑=畑 恵
島田=島田紳助
田原=田原総一朗
海江田=海江田万里

(放送開始)
オープニング(10:00)
大川「あなたがたの前にいたっしゃるは、大川隆法であって大川隆法ではない。」(幸福の科学のイベントより)

S:幸福の科学とは?

大川「マスメディアが宗教たたきをして部数を伸ばせた時代は、もはや終わったのだ。」(幸福の科学のイベントより)

小川「悪を存続させるような雑誌を続けさせるわけにはいかないのです。」(渋谷駅近辺の街頭でフライデー被害者の会とともに)

フライデー被害者の会(団体)「えぃえぃオー。えぃえぃオー。」

S:そして なぜマスコミと対決するのか?
大川「あなたがたの前にたち、永遠の真理を語るは、エルカンターレである。」(幸福の科学のイベントより)

S:大川隆法氏 スタジオ生出演 直撃インタビュー
S:サンデープロジェクト SUNDAY PROJECT
~テレビ朝日ARK放送センターに入る大川主宰の模様
♪オープニング曲

島田&畑恵&海江田「おはようございます。」

島田「はい、冒頭でご覧頂きましたようにですね、いま日本で最も関心の深いもののひとつにですね、幸福の科学がありますが、その幸福の科学を主宰するですね、大川隆法氏がですね、今日このスタジオに生出演されます。はい。」

畑「はい、あくまでも一宗教にスポットをあてるということではなくてマスコミのありかたですとか色々社会現象になっていますので、スタッフの粘り強い交渉の結果、今回の生出演が実現したわけです。テレビ生出演はもちろんはじめてですし、おそらく最後になるのではないかと教団側の方はおっしゃっていらっしゃいます。」

島田「はい、田原さん、朝まで生テレビのときも御本人は出られませんでしたよね。はじめてですよね。」

田原「まぁ、総理大臣とか自民党総裁とかのインタビューはよくやりますけど、教祖のインタビューというのは初めてです。」

島田「でしょ?田原さんが政治家の方とインタビューやられるときはなんとなくわかるんですけども、今日はどんなふうになるのか楽しみにしてきたんですけどね。はい。」

海江田「玄関からカメラやるのは、ちょっとね、やりすぎのような気もしないでもないんだけどね。」

田原「スタッフが興奮しているんですよ。」

畑「おそらく新総裁が決まってもこれほどのVIP待遇をとらないんじゃないかと。」

田原「それは、ビックとかなんかじゃなくて、スタッフが興奮しているんですよ。社会的現象としてはね、やっぱりすごい現象ですから、僕はいろんな声はあると思いますよ。一集団の教祖をなんだと。でも、幸福の科学ってなんなのか。大川隆法っていう人はどういう人なのか。これは非常に広い関心をみんな持っていると思います。これは生ですからもしかしたら決定的な発言をして幸福の科学が決定的にダメージを受ける可能性もあるわけです。そういう意味では真剣勝負ですね。あるいは僕がね、あの野郎は幸福の科学の宣伝屋じゃないかと言われるかもしれないので、そういう意味では僕にとっても真剣勝負です。」

島田「対決ですね。」

畑「みんなぎりぎりのところで。」

島田「おそらく今日が生出演も最後だということで、最初で最後だということで期待したいと思います。そして田原さんがどのようにせまっていくのか、我々身内ですらも楽しみというかね。」

畑「やっぱり書いたもので このごろいろいろ出てらっしゃいますけども、生出演ですとね、いろいろ思いもしないというか、なにかこう御託宣があっておっしゃることもあるかもしれませんしね。」

海江田「私なんかも幸福の科学の本なんかよく読んだんですよね。友達にねインテリな人にもそういう人いますからね。書いたの読んでたときと最近のとくに講談社との問題が起きてから少し僕は変わってきたような気がするんですよね。宗教界のヌーベルバーグみたいだったのが、なんか普通の新興宗教と変わりないんじゃないだろうかとかね、その辺も僕自身疑問感じてますので、田原さんにその辺つっこんでもらいたいですね。」

畑「いつもいつも人の字とか言葉を介してしか聞いてないので、たくさん私たちも疑問があるので、田原さんがそこをきりこんでいただけると思いますので。」

田原「もうひとつ大事件があります。」

畑「もちろん、はい。」

島田「世間の関心のもうひとつはですね。今日の自民党総裁選。」

〔自民党総裁選(宮沢喜一氏、渡辺美智雄氏、三塚博氏)に関する話題は省略〕

田原「大川さん、おはようございます。」

大川「おはようございます。」

田原「テレビに、こうやってお出になるのははじめて。(?)」

大川「はじめてです。」

田原「どんな気持ちですか。」

大川「あんまり気分は良くないと言ったらあれでしょうけども、なんでしょうかね、はじめてのことですから。田原さんにひとつお手柔らかにやっていただかないと一時間もたないかもしれないです。」

田原「お手柔らかっていうのはどういうことか、聞きたいことがいっぱいあるんですけれども、よく東京ドームとかあぁいうところで大勢の信者を前にドーンとお話になるでしょう。ああいうことをおやりになっているのだからこういうところで話すのは平気でしょう。」

大川「そんなことないですよ。大勢の方が話はしやすいんであって、ようするにね、人間の顔が見えませんから、てきとうな事を言えばいいんですね。田原さんみたいに非常に知性の高い方を相手にしますとね。緊張も緊張大変です。」

田原「ずいぶんお世辞が上手でいらっしゃる。ここだけでも1000万人以上のお客さんが見ているわけですね。いろいろお聞きしたいと思いますけども、大川さんが幸福の科学をおはじめになった。これ、まだ何年目ですか。」

大川「退社独立したのが1986年の7月ですから、5年ちょっと、ネット(=純、実質)では4年半ぐらいですね。」

田原「ネットなんて言葉を使いになると、いかにも昔商社にいたって感じがしますね。その商社をお辞めになって、宗教をやろうと、なんでそんなことをお考えになったんですか。」

大川「それは、私自身が宗教家になりたいと思ってはじめたことではなかったんですね。あのぅ、日本人はまだまだあの世のこととか霊とかいうことをそんなに本気で信じている人は少ないかもしれませんけども、実際に霊現象と言いますかね、霊的な啓示というものが降りはじめたのが1981年の3月。それから約5年半ぐらいまで仕事をしながら自分なりに確認をしてたんですね。これが本物かどうか、あるいは世に問うに足るものかどうか、あるいは霊示がある通り私がそういう宗教的な道に進める人間かどうか、五年半ほど期間をおいて確かめながら、やはりこのあたりで本来の使命につかなきゃいけないという確信が自分の内にできてきたんでね、それと、満30歳にそのときになったということがやはり一つの節目だったんじゃないかなというふうに思ってます。」

田原「大川さんの本を読ませていただきますと、なんか釈迦ですね。仏陀が。仏陀が出てきたわけですか。」

大川「これはちょっと説明が難しいんですけども、普通、霊と言いますかね魂というのは人体そっくりのものが入っているようにこういうふうに考えられがちですし、実際地上ではその通りなんですけれども、霊界においては実は人体用の魂だけがあるのではなくて、もうちょっと大きなエネルギー体というものがあるんですね。その中でいろんな人間の意識を持った部分が過去何回か転生した意識というのがあるんですね。その中の意識の一つというのが釈迦と言われる意識で今から2500年ほど前にインドに生まれた意識なんですね。それが潜在意識として出てきたという形なんです。」

田原「具体的に、お釈迦さんが来るときにどうやって来るんですか。いつか、ふっと、なんか自分の中に出てくるんですか。」

大川「心の奥底から出てくる感じで。」

田原「それが大川さんに話しかけるわけですか。」

大川「いやいや話しかけるんじゃなくて私自身から言葉として思いとして出てくるんですね。」

田原「どこへ出るんですか。」

大川「えっ?」

田原「どこへ出るんですか。」

大川「口から、あるいは頭から、胸から、そういう形で、内側からひびいてくる形で出てくるんですね。」

田原「ちょっとよくわかりませんけども。今お話になっているのは、お釈迦さんですか。それとも大川さんなんですか。誰がしゃべっているんですか。」

大川「えぇ。大川隆法であって大川隆法でないというわけなんですが、あっはははは。」

田原「さっきも東京ドームでおっしゃっていましたが。ないと、つまり僕はお釈迦さんと喋ってるわけですか。」

大川「あのね。こういうのテレビで言っていいかどうかわかりませんけれども。」

田原「いえ。なんでも言ってください。今もハマコーさん、なんでも言ってましたから。」

大川「あぁ、そうですか。あのぅ、なるべくね。視聴者の方が多いから、多くの方にわかりやすいような話ができるような方を一応指導霊として呼んでいるんですね。今私を指導しているのは日蓮聖人という...」

田原「今、日蓮さんやっているんですか。創価学会はみんな大変ですよ。そんなの違うぞって言うかもしれない。そうか。日蓮さんはうちのご本尊だという...それはいいです。はい。」

大川「それはまた別途、けじめをつけることになるでしょう。」

田原「今、日蓮さんと私はしゃべっているんですか。」

大川「いや、そんなことないですよ。大川隆法としゃべっているんですけども、アドバイスを私が受けている形になっているわけですね。」

田原「ちょっとさっきの話に返りたいんですが、その、なんていうか、商社なんてやってられないと、今宗教しなきゃダメなんだと、そういう危機感があったんですか。」

大川「えぇ、実際はね、会社を辞める一年ほど前に霊言集という霊の言葉を集めた本を出しはじめて7冊めぐらいになりましたかね。そのぐらい一年間出して、その後、いろいろ反響とかも見ながら、やはりこの道でやっていけるかなという感じがあったんでね。そこで辞めたわけです。」

田原「道でやってけるかなというのは、つまり商売になる、というのは良くないですね。なんて言えば良いのかな、これで信者がついてくるなという自信ができたということですか。」

大川「というか、私自身にそういう宗教家的な素質がね、はたして十分にありうるかどうか、ていうのは、やはり自分なりに、お寺に生まれたわけでもなく、宗教の勉強をしたわけでもないですから、確信がなかったですから、ある程度、そういう公に書物というものを世に問うてですね、そしてある程度私を求めている人達が本当にいるんだなということを実感できたということが、大きかったですね。」

田原「ちょっとお聞きしたいんですけども、その、いろんな宗教がありますね。今もやたらに氾濫してます。この宗教のね、これは本物だと、実は今幸福の科学が大きな社会問題、いろんな波紋を与えているのは、幸福の科学っていうものは本物なのかと、麹町にあんな高い...」

大川「家賃月2500万円、敷金が5億円ですね。」

田原「そういう高いとこでやっているというのはいかがわしいんじゃないかと、よくわかんないんですよね。いろんな宗教集団がある中で、これは本物だと、これは偽物だと、見分け方はどうやって見分ければいいんですか。」

大川「もちろん、本業で宗教をやってる人間にとっては、ある程度内容の判断ができますけども、そうでない方は一体なんで判断したらいいかということですが、本当に霊的な世界の話になりますから、判断の基準が難しいんですが、一つは、イエスさんが昔言っているように、その木がいい木か悪い木かは果実を見て判断する。」

田原「果実って、見ようがない。」

大川「そ、いや、わかります。それを信じてやっている人達が広がっていきますね。そしてどういうふうになっていくかというのは、ある程度の期間を見てみますと、わかってきますね。一部だけではもちろんわかりませんけれども。」

田原「だけどね。わかったときには手遅れになるのが多いんですよ。」

大川「いや。そんなに危険なものはないです。宗教っていうのは、嫌になったらみんな辞めれるようになってますから。」

田原「あの、作家の曽野綾子さんがどっかで書いてたことがありまして、その、宗教の見分け方はね、つまりこのあの、信者に必要以上の金をね、ま、単純に言うと、必要以上の金を、いっぱい金をその、この、求める宗教。これはやっぱりいかがわしいんだと。なるべくその信者に対して金を求めない。これがそのね、宗教のありかただということを言ってますね。これはどうですか。」

大川「これはね、実際にそのその子さんの考え自身がやっぱりキリスト教の限界そのものなんですね。というのは、イエス様が説かれた時代がね、非常に貧しい時代でしたから、そして、お金持ちというのは、だいたい、なんて言いますか、イエス様が法を説いていた相手じゃない人達であった、要するに伝統的な宗教をやってた人達なんですね。で、貧しい人達を相手にしてた、そういう時に、そういう話をしてたんですね。ところが、西洋が近代化して非常に豊かに繁栄してきたときに、キリスト教はその商業社会をどうしたら良いかがわからなかった。それで、カルバンとかルターとかいう宗教改革が出てきて信教の流れの中ではね、そうしたプロテスタンティズムと資本主義の倫理と言うんですけどもね、資本主義的精神を肯定する宗教改革が起きてきて、それがここ数百年の流れなんですね。それがないと、あれだけの繁栄がね、要するにイエス様の言葉だけだと合理的に認められない。」

田原「曽野さんは今生きている方ですよ。貧しい時代じゃなくて、今豊かな時代に生きているんですよ。その曽野さんが、その金をね、求めない宗教が良いんだと、こう言っている。」

大川「それはね、やはり、彼女自身の聖書解釈であってね、実際にカトリックいってもね、例えば大聖堂が建ってますけども、それ建てるときには大変な金がいって、だけども、それ建てるときは大変だけれどもね、その恩恵っていうのは数百年続いているわけですね。やはり、そういうことも考えなきゃいけないんじゃないでしょうか。」

田原「そうすると、たぶんこの番組を見ているほとんどの人は、まだ信心なんかしていないですよ。そういう人がね、いっぱいあっちこっちから宗教勧誘されてね、どうしようかなと迷っている人が、こいつは本物だとこれは偽物だと見分けるには、ちょっとさっきおっしゃった、食べてみてというのは難しいですよ。ふっと感じるにはどうしたら良いですか。どこで見極められますか。」

大川「基本的にはね、当会でもやってることなんですけども、過去二千年、三千年いろいろ残っているものの中でね、人類のいろんな試練を受けてふるいに掛けられて、”正しいものだ”と残っているものがあるんですね。これがたとえば仏教とかあるいはキリストとか儒教とか、あるいはソクラテスの思想であるとか、そういう道徳とかね、普遍的なものっていうのがあるんですね。ある程度、これがひとつの参考にはなると思います。」

田原「となるとね、私は改めて聞きたいんですが、キリスト教は今現に生きている。仏教も生きていますね。そういう宗教がありながら、なぜ幸福の科学なんですか。そういう、つまり仏教やキリスト教ではダメなんですか。」

大川「ですからね。過去の遺産で食べている方々であるわけですね。たとえば仏教でもね、もう葬式仏教、観光仏教になって、本来釈迦が教えた内容っていうのはね、生きている人間を救う教えであったし、その心を救う教えだったのが、観光仏教葬式仏教になって、これだけで満足いくわけはないんですね、当然。だからやはり宗教改革は起きてくるべくして起きてきているわけですね。」

田原「しかし、仏教で言えばね、その観光仏教、葬式仏教はダメだって言うんでね、立正佼成会とかね、あるいはあの創価学会とかあぁいうのできたんでしょ。あぁいうのはもうダメですか。」

大川「いや、ダメではありませんが、やはり分派あるいは弟子筋の宗教であることは間違いないですね。非常に狭いですね。考え方が。」

田原「創価学会とか立正佼成会とか、あれダメ、いや狭いんですか。」

大川「一面の真理は確かについていますけども。」

田原「あれでは人間は救われない?」

大川「いや、救われる人もいるでしょう。おそらくね。ただ、あのぅ。」

田原「ちょっとそこんとこね、あんまり難しくおっしゃられるとわかんないんだけども、あのぅ、いちばん私が聞きたいのは、つまり創価学会にしても、別に創価学会が良いと言っているんじゃないですよ。立正佼成会にしても、あるいは霊友会にしても、それなりにその今の観光仏教、いや観光宗教ね、葬式宗教じゃないものを求めてやろうとしている。ここがなぜいけないのかということをお聞きしたいんですよ。」

大川「いけないわけではなくて、」

田原「だったら幸福の科学はいらないじゃないですか。」

大川「いやいや」

田原「なぜ、そこへね、わざわざその大手商社を辞めてね、この幸福の科学を開かなけりゃいけなかったんですか。ここを多くの人が疑問持っていると思う。」

大川「それはね、志の問題として、じゃあ、いま池田大作さんのような方々がね、本当に人類救済のために立ち上がっているかどうか。これを問いたいんですね。私は。」

田原「立ち上がっていませんか。」

大川「立ち上がってないですよ。」

田原「なにしてるんですか。」

大川「やはり自分の教団のところの、やはり勢力維持、というところで止まっていると思いますね。」

田原「あれは勢力維持だけですか。」

大川「もう過去のものになってきたからね。伝統的なものになってきたから、そういうふうになってますが。」

田原「あぁ、宗教も、ある時期は、やれるんですか。耐用年数があるわけですか。」

大川「耐用年数がね、多少あるし、それが勢いがあるときは伸びてますけども、社会環境が変わってきますね。人の意識も変わってくる。そうするとね、この途中で、イノベーションができない宗教ってのは、あと伝統的な宗教になって経営が悪化していって、単なる文化あるいは習俗として残っていくわけです。」

田原「創価学会とかその立正佼成会というのは、そういう意味では耐用年数が終わっちゃったわけですか。過ぎちゃった?」

大川「だいたい使命は終わりました。」

田原「おわった?使命は終わってまだやっている池田さん達は間違っているとこう言いたいわけで。」

大川「いや、そんなことないですよ。」

田原「ちょっとごめんなさい。もし創価学会の人、これ異論あったら電話下さい。後でまた、出てもらっても結構です。はい。CMですか。まだいいのね。うん、で、そこで幸福の科学が出てきた。どこが違うんですか。」

大川「ですから、スケール、あるいは規模、そういうものが違うと。」

田原「規模はまだ創価学会のほうが大きいですよ。そりゃ。」

大川「いやいや、そういうことじゃなくて、これから対象としている規模ですね。相手が大きいということを言っているわけです。」

田原「いやだって、これから想定していると言えば、創価学会だって、かつては国立教団だなんてね、日本全部創価学会に入れるぞと言っていたが、ついでに言いますが幸福の科学は日本全部やっぱり入れようとされているんですか。」

大川「えぇ。日本から全世界まで伝法したいと思っています。」

田原「何年ぐらいで?」

大川「私が生きている間に。」

田原「何年ぐらいっすか。」

大川「あと、四十何年ぐらいありますけどね。」

田原「大川さんは、だいたいどのぐらいお生きになるか、わかっているんですか。」

大川「だいたい西暦2037年ぐらいに予定...」

田原「2037年というと、おいくつに。」

大川「80前後ですね。」

田原「80前後。あっ、それで終わりですか。」

大川「はい。終わります。」

田原「すると誰か次が出てくるんですか。」

大川「はい。出てきます。」

田原「あ、そういうの見えますか。」

大川「はい。それはもうだいたい決まっていますから。」

田原「ちょっとお伺いしたいんですけど、じゃ、いったい宮沢政権っていうのはどのぐらい続くか、だいたいこれわかるわけですか。」

大川「ぶふっはっはっはっは。ふわっはっはっはっは。ふっ。」

田原「わかりました。これCM挟んでお聞きしたいと思います。はい。」

S:ひきつづき肉迫!大川隆法/サンデープロジェクト
(CM)

田原「えぇ、さっきちょっとお聞きしたんですが、宮沢政権がおそらく今日ね、できると思います。あ、政権できるんじゃない、自民党の総裁になるわけですね。確か、こないだ、その、幸福の科学の大会で、宮沢さんが、菅原道真の、なんか生まれ変わりだとか、おっしゃったですね。」

大川「えぇ、そうです。はい。」

田原「で、渡辺さんが蜂須賀小六ですか。」

大川「はい、そうです。」

田原「それから三塚さんが誰でしたっけ。」

大川「加藤清正。」

田原「ということは、3人とも天下をとってないですね。」

大川「えぇ、とってないですね。」

田原「小物ってことですね。」

大川「えぇ、ですから、とれたかたは、今回出世した。」

田原「えらくなった。」

大川「そういうことになりますね。」

田原「しかし、あのぅ、その、菅原道真っていうのは太宰府に流されて、なんかこう、なんていうか、あのぅ、未練がましいこと言って、じめじめして終わった人ですね。」

大川「ふわっははは。」

田原「宮沢さんも、こう未練がましく、じめじめして短期で終わりますか。」

大川「性格の中にはね、やはりそういう左遷とか、あるいは中途挫折を招くような弱さが、宮沢さんの性格の中にはあります。ですから順境のときでしたら、ある程度平和のときのね、平時の名宰相になると思いますが、逆境あるいは非常に逆風、戦乱とかそういうのが起きたときには、やはり、中座しやすい体質持ってます。」

田原「平時には良いけども...」

大川「はい、ですから、出てくるのがちょっと遅れましたね。実際は、天上界っていうか、あの世での計画では、中曽根さんの次に宮沢さんがなって、その後竹下さんになる予定だったの。ところが、中曽根さんのインスピレーションで間違えて、竹下さんが先に行っちゃったんで、あと政治がちょっと混乱しちゃったのね。」

田原「リクルート事件が起きちゃった。」

大川「もっと早ければ良かったのかも知れませんね。」

田原「ついでにお聞きしたいんですが、竹下さんていうのは、誰の生まれ変わりですか。」

大川「竹下さんですか。あのぅ、斎藤竜興と言って、斎藤道三の孫に当たる方ですね。」

田原「あぁ、そういう人いましたね。あんまり有名じゃないですね。」

大川「まぁ、滅ぼされましたからね。」

田原「これも滅ぼされたんですね。」

大川「ふあっはっははは。」

田原「金丸さんは誰ですか。」

大川「えっ、えぇ、これが松永弾正と言って信長が京都に攻めのぼる前に京都の実質上の支配者だった方で、妖怪とも言われた...」

田原「妖怪。」

大川「うっふふふ。妖怪な方ですね。」

田原「あまり大物はいないですね。小沢一郎さんは誰ですか。」

大川「伊達政宗。」

田原「これはいちばん大物だ。」

大川「まぁ、有名ですね。最近ではね。」

田原「田中角栄さんは誰ですか。」

大川「斎藤道三。」

田原「斎藤道三ですか。」

大川「はい。」

田原「斎藤道三っていうのは確か息子に殺されたんですよね。」

大川「えぇ、そう、あの、義竜ですね。」

田原「田中さんも、竹下さんの、こぅ、あのぅ経世会、その前ですね。できて、ま、こぅ、あのぅ、脳梗塞になるわけですね。それにしてもね、 斎藤道三みたいなね、息子に殺された、途中でダメになった人が、その田中角栄さんにね、あんたねぇもっと気をつけろと、言わなかったんですか。 また、失脚しちゃったって。」

大川「それがねぇ、魂の性格っていう、傾向性ってあるんです。あのぅ、田中角栄さんの魂っていうのは、こういう言葉使って良いのかどうかちょっと知れないんですけれども、そういう非情な旋風を起こすような、そういう魂傾向があるんですね。そういう方っていうのは、ダーっと一気に行くんですけれども、どこかでこけるんですね。必ずこける。これが、天狗さんっていう傾向なんですけど、ふわっはっは。」

田原「あ、天狗ですか。」

大川「ふわっはっはっは。その傾向なんですが、ガーっと行ってこけるんですね。その途中までは物凄い信じられないような勢いを持って伸びるんです。」

田原「そういうね、だけどその、例えば斎藤道三がね、自分はダメだった、しかしその守護霊っていうかね、自分の失敗は次は繰り返したくないと、いう風にはならないんですか。また同じ失敗を繰り返すわけですか。」

大川「やっぱり魂の傾向性があってね、物凄くこぅ積極的な方もあれば、あのぅ消極的っていうか非常に慎重な方もあれば、やはりそういう傾向っていうのは何度も何度もやっていくんですね。」

田原「何度やってもダメなんですか。」

大川「いや、ダメなわけじゃなくて、やはり成功しているわけですからね。ある程度のところまでは、行っているわけで、そこまで行くときにね、非常に熱心な方っていうのは、自分のことしか思えないんで、ザーっとやっちゃうんですね。で、他の人に目が行かないとどこかで足元がくずれる。こういうふうになるんですね。」

田原「遺伝子みたいなもんだな。その、こう、なんか、体質っていうか性格があるわけね。」

大川「そうそう。」

田原「ちょっとそのねぇ、じゃぁ、お聞きしたいんですけれども、前にこういうね、紳助さんは誰の生まれ変わりですか。」

大川「ふわっへへ、いや、まぁそれは別途にしましょうか。」

田原「いやまぁまぁ良いじゃないですか。本人も聞きたいと思うんです。ね、紳助さん。」

島田「いや、悪い犯罪者だったらどうしましょう。」

大川「そうですよね。危ないですよ。なぁーんて、ぶわっはっはっは。」

田原「危ない?」

大川「ま、普通はね、あのぅ、歴史に名前がはっきり残っている人、田原さんみたいに残っている人と、あのぅ、なかなか残りかねる人といろいろいらして、えぇ...」

田原「僕の残ってますか。」

大川「そりゃ残ってますよ。」

田原「実は、ここでお芝居してもしょうがないんで、この間、実はお聞きしたんです。柳生石舟斎。これは嫌なんです。柳生石舟斎ってこれ暗闇の剣ですよね。」

大川「そんなことないですよ。やっぱり、あと徳川の...」

田原「柳生但馬守の、」

大川「徳川の剣になったわけですから。」

田原「おやじさんでしたっけね。」

大川「えぇ、剣聖と言われた方ですね。」

田原「僕は剣嫌いですよ。」

大川「いやもう、霊的に見たら、剣が飛んで飛んで。いつも切ってばかりいる。」

田原「そんなことない。僕は平和主義者ですよ。」

大川「いやぁっへっへっへ。そんなことない。ぶわっはっはっは。」

田原「まあいいや、紳助さんは誰ですか。」

大川「まあ、言って良いかどうかわかりませんけれども、前世見ると、江戸時代の後半ですね。頭にこういう布切れみたいのを被してそして紙を配っているのが見えますんで、かわら版ですな。これは。ふわっははは。」

島田「かわら版ですか。」

大川「だから、喜ぶか喜ばないかちょっとわからないから。うん。」

島田「あの、ひとつ聞いていいですか。今日の天皇賞は?みたいなのはわからんですか。これは別もんですか。」

大川「私、得意じゃないもんですから。」

畑「得意分野がおありなんですね。」

大川「関心がない領域はあまりわからないもんですから。」

畑「はあーっ。」

田原「あのぅ。さっきの問題に返りたいんですけれども、その、あのぅ、大川さんがね、ノストラダムスの予言を引いていらっしゃいますね。あの、前にお聞きしたときに、その、自分が今出てきたのは、とにかく世の中がね、このままほっといたら大変なことになると、だから出てきたんだと、おっしゃいましたね。これは間違いないですね。」

大川「はい。大事なことですね。はい。」

田原「そのノストラダムスによれば、あれは1999年ですか。」

大川「はい。」

田原「ですね。夏ですね。7月ですか。に、なんかその、いろんな災害が起きて、で、この、人類の人口が、えぇ、三分の一になるんでしたっけ。」

大川「かなり減りますね。」

田原「ダーっと減るということですね。あれは、ノストラダムスとなんか対話をされてましたね。」

大川「えぇ、対話をしたのもありますし、直接、霊示の形で出たのもあります。二冊あります。」

田原「それで、その、ほっておくと、地球が三分の一かなんかに人口がオーバーに減ると、それで出てきたということですね。このままほっといたらたいへんだと。もう、だけど、ちょっと遅すぎるんじゃないですか。だって、あと十年もないですよ。」

大川「ですから、ある意味ではもう遅すぎるんですね。もう時間切れ。ではあるんですが、それも、なんと言いますかね、ただ、まだ先があることはあって私のこれはあくまでも予言ですから、当たるはずれるは結果しだいですけれども、これから約30年間、...」

田原「予言って外れたりするんですか。易者みたいなもんですか。」

大川「形が変わったり、時間がずれたり、程度が変わったり、そういうことはありますね。」

田原「はぁ、僕は宗教というのは、あの、こう、競馬の予想屋とは違って、つまり、こう、なんか、はずれるのがないんだと思ってたけれども、はずれるんですか。」

大川「いや、そんなことはないんです。やはりね、この世というのは独立した世界であってね、物質界って言いまして、完全にあの世から操作しているだけだったら、この世の存在意義はないんで、生まれ変わって、人がここで生活していくというのは、ある程度自分の意思でね、選択ができるから、そういう責任をとらされる、あるいは進歩する機会が与えられるんですね。だから自由意志でやれるところが半分ぐらいやっぱりあるんです。」

田原「神様の意思とこの世はだいぶ違うところがあるんですか。」

大川「あります。各人が小さな神様になっている。この世ではね。自分の意思で考え。だから田原さんが今晩おかずなに食べるかね、ご飯なに食べるかって私が当てたって貴方が変えようとしたら、」

田原「全然考えてないまだ。」

大川「うっふっふっふ。だから、こんなもの当たらない。」

田原「いや、まぁそれはいいです。じゃあね、ノストラダムスは、まぁいいですわ、その、もうあと8年しかない?7年ですか。8年ですね、ごめんなさい。今からやったって間に合わないんじゃないですか。」

大川「ただ、そういう危機の時代にね、また逆の面で希望というのがあることによってね、心の支えになるところがありますね。」

田原「だけどね、逆にいうと、その、なんで神様はね、そんな、地球に壊滅的な打撃を与えようとするんですか。」

大川「まぁ、これは、」

田原「もし神様が、その地球というものをあるいは宇宙を創ったならば、そんな壊滅的な打撃なんて与えなけりゃ良いじゃないですか。」

大川「まぁ、それはね、考え方しだいで」

田原「いや、そこがわかんない。」

大川「これから来るものが、更に良いものがはじまっていく場合だったら、やはりひとつの時代をおしまいにすることも大事なことですね。」

田原「おしまいにして、そしてまたつまり、あぁ、御破算で願いましてはですか。ボーンと払って、新しいものをつくろうと。」

大川「はい。このサンデープロジェクトっていう番組は非常に良い番組だけど、これ一日中やってたら、やっぱり、やってる人も見る人も飽きてくるでしょ。やっぱり次の番組に入っていったほうが、多くの人にとっては喜びになる。そういうふうに番組が変わるわけですね。新しい魂修行の形態っていうのがはじまるわけなんです。」

田原「でも、じゃ、御破算で願いましてでドーンとやるならば、ね、お払いするならば、大川さんみたいな人を造らなければ良いじゃないですか。なまじっか大川さんが世の中救って大勢の人が救われたら、せっかく御破算で潰してしまおうとする神様の計画が狂ってしまうじゃないですか。」

大川「まぁ、それは微妙なとこがありますけれどもね、」

田原「大川さんのやってらっしゃることは、神様に対する反乱、反逆ですか。」

大川「いや反乱ていうわけではなくて、私も計画している中の1人に入っているから、言えないんだけれども、あの、」

田原「いや、そこをあえて聞きたいんだけれども、神様の計画では、今の世の中ではダメだから潰そうとしているわけでしょ。じゃ、潰そうとするのに大川さん加わっているんですか。つまり、大川さんはこの世を潰すために出てきたんですか。」

大川「いや、そこまで言われると反対になりますけども。ある程度のね、危機が起きるっていうのは、あの、この地球自体にね、ひとつの仕組みがあるんですね。ひとつの仕組みがあって、地球に住んでいる人達がいろんなことをやってきますね。ずーっと積み重ねてきて、そしてたとえば悪いことなら悪いことが積み重なって一定の量まで来ますとね、このカルマって言うんですけど、業がたまってくると、これの崩壊が始まるんですね。自己崩壊というのが始まってきて、そして大陸の陥没やあるいは人類の想念、悪い想念がたまってくるとやっぱり戦争が起き始めるんですね。こういう形で一旦カルマの崩壊が起きると、また新しいものが始まるように、そういう仕組みが出来ているんです。」

田原「ただ、そこもわかんないんですけれどね。たとえば、さっき、その、おっしゃった、お釈迦様とかね、マホメットとかね、いろんなその、孔子をはじめ、偉い人が出てきて、その信者達がね、皇帝達がいっぱい出てきているでしょう。皇帝がいっぱい広がって、これみんな世の中良くしようと思ってきたわけですよね。その末裔が、それはね日本にもね、空海からはじまりいろんな宗教がある。そういう人が増えるのに、どうして世の中悪くなるんですか。本来ならばね、お釈迦様が自分の力ではダメだから、1人じゃダメだから、弟子をいっぱいつくるわけでしょう。キリストもいっぱいつくるわけでしょう。それで弟子ができて、いっぱいできれば、世の中良くなるはずでしょ。どうして悪くなるんですか。」

大川「ですからね、それはやはり先ほど耐用年数という話がありましたが、宗教というのは、会社とかそれほど短いものじゃないけど、だいたい二千年から三千年が耐用年数なんですね。そして新しい大道師が出て教えを説いてそれからやっぱり数百年あるいは千年ぐらいまでは正法の時代といって、その教えが正しく伝わる時代なんですね。その後は像法の時代といって、形だけが残って内容が失われていく時代があるんですね。その後が末法の時代といって、これはもう法の内容もわからなくなって人の心がすさむ時代がくるんですね。こういう時期が来ると立て直しのためにまた新しく出て正法の時代というものがはじまるんですね。こういうサイクルになっていて、これは宗教だけじゃなくてあらゆるものが、やはりそういうサイクルを持っていると思います。」

田原「だけど末法と言えばね、親鸞も末法といっていたんですよ。親鸞の時代にも末法があり、創価学会だのもまた末法だと。そこがややこしい。だから、末法を救うのは俺達だと、みんな俺達だと、こう言っているんですよ。どの宗教もが。すると、そう言う宗教と幸福の科学がどこが違うのかと、わからない。正直。」

大川「ですから鎌倉時代もそれなりの危機はあったでしょうけども、ただね、あれは計算間違ってましたから。何百年、何百年て五百年単位で計算したらあのぐらいに末法になる予定だったんですけれど、実際はもうちょっと大きな単位で計算しなきゃいけないんですね。」

田原「じゃ、日蓮とか、その親鸞をはじめ、あの辺全部あれは間違いだったんですか。」

大川「いや、そんなことはないです。小さな末法は確かかもしれませんが、世界的な危機という意味でのね、末法時代というのは、今が、正確には今がその時代に入っているんです。」

田原「うん、すると、ちょっとさっきの話ですが、その末法から大川さんは、この世の中を救って、つまりほっときゃ三分の二かなんかが死んでしまうから、その滅亡しないようにしようとされているんですか。」

大川「まぁ、あの、避けることは出来ないプログラムはもう始まっておりますから、これ全部を変えることはできません。ただ、」

田原「この中に四人います。と、誰か1人だけ救ってやろうって感じなんですか。」

大川「あぁ、そうですねぇ。やっぱり女性は救いたいですねぇぶわっはっ、それは冗談ですけども。うわっふっふふ。」

田原「えこひいきだなぁ。そりゃぁ。」

大川「ふわっはっはっは。」

田原「ちょっと聞きたい。あの人は、畑恵さんは誰の生まれ変わりですか。」

大川「まぁ、歌姫さんのように見えますが。」

田原「誰ですか、歌姫って。」

大川「歌姫さんていうのは、もちろん名前はないですけれども、竜宮界ってところがあってね。」

田原「竜宮にいたんですか。あの人は。」

大川「はい、そこに竜宮界ってのがあって、だいたいそういうとこで、歌手とかねあるいはそういう女優するような方ってだいたいいるんですけれども、そういうところの方でだいたい文化が高まった時にそういうときに出て、あの、芸能界とかあぁいうそういう舞踏会とかそういうところに出てくる方ですね。」

田原「あの、ちょっと話から脱線しますが、あっ、もう1人海江田さんもいるんだけれども海江田さんはなんですか。」

海江田「いいです。えぇ。」

大川「やめときましょう。」

海江田「いいです。いいです。」

田原「言うと悪い人ですか。」

大川「いやぁ、りっぱな方ですよ。」

田原「そうですか。」

海江田「うっふふ。」

田原「まぁいい。いや。やっぱりわかんないのはね、その、えぇ、大川さんは、こっ、だって、えぇその、ノストラダムス、まぁ大川さんの話によると、この世は滅亡するって言うんでしょ。大勢が死ぬって言うんでしょ。死ぬ中から一部の人を救うっていうのは、これ、要するに言ってみりゃ、ノアの箱舟を作るわけですよね。」

大川「まぁ、それに近いですね。」

田原「すると、箱舟に乗っかる人間を、幸福の科学に入った人間は箱舟に乗れるよということですか。」

大川「まぁ、必ずしも乗れるかどうかわかりませんが、この世的な箱舟とあの世的な箱舟の両方があると思いますね。この世的な箱舟というのは、実際にそういう危機から生き延びれる方のことですね。あの世的な箱舟というのは、危機の中で死んでいったとしても、そういうどさくさの暗い想念の中に死ぬんじゃなくて、ちゃんと天国に帰れるそういう機能ですね。」

田原「あのね、そこがひとつわからないんですが、その、さっきね、あの、大川さんが、あの、お釈迦さんの生まれ変わりだとおっしゃった。で、この世あの世とおっしゃるけれども、あの世があるのかどうかわからないんですよ、私たちはね。で、たとえば大川さんがお釈迦さんの生まれ変わりかどうかわからないんですよ。どうしてこれ、わかるようにしてくれないんですか。もし、大川さんがここでね、お釈迦さんの生まれ変わりだとわかったら、これ、みんな信じますよ。FRIDAYだってバカなこと書かないですよ、きっと。だけどね、本当に生まれ変わりなのかね、あるいは、自分で言っている詐欺師なのかね、極端に言いますとね。よくわかんないんですよ。どうしてわかるようにしてくれないんですか。もしも神様がいるならば、神様が、俺が神様だよと言ってくれれば、で、この世はこうで、あの世はこうでっていうことをね、ちゃんとこう示してくれれば、みんな非常にわかりやすいんですが、どうして、これ、示してくれないんですか。」

大川「過去、そういうことでね、明確に証明ができた方っていうのは、1人もいらない、いないですね。」

田原「だから、神様は、神様がもしもこの世を創ったとすれば、この世はこういうふうに出来ているよということをね、ちゃんと言ってくれりゃ良いんですよ。意地悪ですよ。神様は。いい加減というか。」

大川「それはね、ひとつの考えの違いで、あの世の世界になりますとね、霊界ですと、もう一発でわかるんですね。どういう人かっていうのは。」

田原「あの世があるかどうかわかんないよ。そんなもんは。」

大川「いや、あるんです。それは。」

田原「あるとおっしゃったって、なんにも証拠がないんだもの。」

大川「いや、これがあるんです。実際に。私は毎日毎日あの世の霊と話してて。」

田原「どうして大川さんだけわかって、私はわかんないの。不公平ですよ、それは。」

大川「それはね、使命が違うからです。田原さんの使命はやはりバトルにあるわけであって、ぶわっはっ、私の使命は、宗教を説くことにあるからです。」

田原「あの世がもしあって神様がいるならば、やっぱりそれ見えたほうが良いですよ。それ、信じられたほうが私は救われて良いですよ。だけどね、見えない。だって、この番組を見ている多くの人達も、もしもあの世があって神様がいる、見えていれば、そりゃみんな信じますよ。だけどわかんないもの。そりゃ自分達が虫けらなのかね、ごみくず同然なのかね、それともいったいこの世の中でどういう存在なのかわかんないからみんな迷っているんですよ。だから、それはね、もし神様がいれば、神様がそういうことを示してくれれば良い。どうして大川さんだけわかってみんなわかんないんですか。不公平ですよ。」

大川「だからね、それがこの世の修行ということでね、あの世で会うと、霊になりますと、全部わかってしまうんです。ところが、この世になると、肉体に宿るとわからなくなる。その中でね、要するに物質ばかり追い求めるように普通はなるんです。この世の中で生きていたら。その中で目に見えないことを信じるということがね、非常に本人の精神の魂の向上に役に立つんです。そういうしくみを創ったんです。この中で目に見えないでしょ。目に見えないから信じないっていうのが普通なんですね。この目に見えないものを信じるようになる人が実際にはいるわけですね。」

田原「でも、どうしてそんなややこしいことを神様はしたんですか。」

大川「それが、魂の学習にとって非常に大事なことなんです。」

田原「いや、ちょっとよくわかんないなぁ。」

大川「この世の一年はあの世の十年なんです。」

田原「わかりました。はい。CM挟んで、そこをお聞きしたいと思います。はい。」

S:ひきつづき肉迫!大川隆法/サンデープロジェクト
(CM)

田原「あの、大川さんね。さっき私はどうも、これはもうほとんどこの番組を見ている人がみんなそう思っていると思うんです。どうして神様は、いるならば、神様はそのね、神というものをちゃんと現してわかるようにしてくれないんだと。もうひとつ、お聞きしたいんですが、もし神様がいるならば、神様がこの世を創ったならば、どうして戦争なんて起きるんですか。原爆がボーンと落ちたりね、ユダヤ人が大量に虐殺されたり、そんなことは起きないはずじゃないですか。」

大川「まぁ、二つ問題があるから、最初のほうの、なぜ、ぞれぞれの人が神を認識できないかということですけども、あのぅ、この世で生きててもね、話の合わない人というのはいろいろいるですね。非常に勉強した人としてない人、あるいは経歴が全然違う人、話題が全然違う人、そういうような方は、分野が違うと、ちょっと話がわからないということがありますね。それと同じように、あの世でも非常に神様が本当に神様に近いところの人から順番にあるんですね。低層最後は地獄まであるんですが、そういういろんな方がいらっしゃる。そしてそれぞれの階層の方は、自分に近い、あるいは自分の仲間についてはよくかなりわかるんだけれども、距離が離れますと、相手がどういう人なのか、どんな考えなのか、本当にわからないぐらいに差が開くんですね。地上から見ると本当にその距離っていうのは、途方もない上の距離なんですね。神様を認識するところまでの距離っていうのは途方もない距離なんでそれで先生役の人が出てきて、それをたとえ話、この世的なたとえ話等を使いながら、わかりやすく説明しているんですね。やはり先生がいないとなかなかわからないものなんです。」

田原「だけどね、たとえば、ま、その、レベルが高い低いはよくわかりません。だけど、その、ま、勉強してね、物事がわかるようになるけれども、どんな人間だって親から生まれたっていうことはわかってますよ。ですよね。神様が人間を創ってくれたら、神様は親みたいなもんだから、自分を創ってくれたのが誰かっていうことがわかるはずですよ。しかしわかんない。それはね、もし神様がそういうしくみにしたら、それ、いじわるですよ。」

大川「いや、そんなことないですね。」

田原「なんでですか。」

大川「あの、その証明の一つとしてはね、あの、人ひとり自分にはね、人間にはそれぞれ、心っていうかね、えぇ、感じ取る力っていうのはみんな持っていると思うんですね。生まれつきね。教わらなくてもね、ある程度善悪っていうのが、感じられるようになっているんですね。それから、国籍が違っても、男女が違ってもね、やはり、道徳的感情っていうのは持ってて、これはいけないかな、これは良いかなっていうことは、ある程度わかるようになっている。そういうふうに人類共通の心というのが存在するということはいったいどういうことだろうか。」

田原「だから、そこでお聞きしたいんですよね。そこで、善悪といいますが、たとえばこの前の湾岸戦争で言うならば、多国籍軍の連中は、これはいわばキリスト教を信じてね、イエス・キリストを信じながら、きっと、悪はフセインだと、これをやっつけろってんで戦った。ところが、そのイラクの兵隊達は、イラク軍はアラーの神ですよね。アラーの神の教えに従って、この、やっぱりアメリカはけしからんと戦った。両方とも神を信じて戦った。あれ、どっちが善でどっちが悪ですか。」

大川「両方正しいんです。」

田原「だって両方正しいのが戦争するっていうのはどういうことですか。」

大川「いやあります。それはね、このときにもね、価値観っていうのは、それぞれの人がいろんな考え持ってるでしょ。そういういろんな考えあるから、コメンテーターっていうようなああいう職業も成り立つんですね。みんな、いろんな考え方がある、それなりの正しさっていうのは、幾分のね、正しさはみんな持っているんです。だから、そういうものが国家単位になったときに、主義主張イデオロギーになってぶつかるんです。それぞれの持っているもの自体間違いではないんです。ただ、わからないのはね、もし間違いがあるとすれば、先が見えないということね。これから未来がどっちに傾くかね、これが見えないということだけが本当の意味の間違い。」

田原「だけどたとえば、イラク兵がね、多くのイラク兵がアラーの神を信じながら戦って死んじゃったわけでしょ。コメンテーターが間違うぐらいはいいですよ。私が、海江田さんが、間違うぐらいは、たいした、いや、良くはないんだけれども、だけどね、やっぱり、神信じて死んじゃったイラク兵はどうなんですか。」

大川「それはもう天国に行ってます。」

田原「天国行ったって本人救われないですよ。だって、んな、あんなメチャクチャな中でね、私らが見たってあんな戦争メチャクチャですよね。神様ならばあんな戦争はね、させるなと、するなとこう言ったほうが良いじゃないですか。」

大川「これは、もっと根元的な話になって、えぇと、ちょっとレベルが上がって、わかりにくいかもしれないけれども、」

田原「あのね、ごめんなさい。ちょっと待って。そうおっしゃる前に申し訳ない。根元的な話はね、わかりやすくしてほしいですよ。」

大川「はい、なぜね、戦争があるかっていうところから結局はじまると思うんですが、これはもともと人間の心から始まっていることは間違いないのね。人間の心の中に戦闘的な部分があるのと、平和的な部分があるのが、これはもう両方あるんです。これは何かというとね、神様が人間を魂を創ったときにね、二つの傾向性っていうのを埋め込んだんですね。これは、相反するものなんです。一つは進歩、進化をめざすもの。一つは調和をめざすもの。この二つのベクトルというものを埋め込んだんですね。調和をめざすとどうなるかというと、平和を求めるようになります。そのかわり競争心もなく向上心もだんだんなくなって仲良し村だけになるんですね。これで何百年何千年やってますと、進歩っていうのは止まるんですね。逆に進歩っていうのをやってますと、競争が起きてくるんですね。そうするとそこに勝者と敗者が出てくるんですね。そして傷つく者が出てくる。そこでこれを慰める者がまたいる。調和がいる。この進歩と調和の二つの原理が、人類の歴史を作ってきているんですね。だから、あるときに停滞してくると進歩のエネルギーが働いて、ダーッと抜けていくんですね。そのかわり敗者がでてくる。で、問題が起きてくる。そこでまた、平和とかやさしさというものを説く動きが出てくる。進歩してまた調和を求め、進歩して調和を求め、こういう形で人類っていうのは進んできたんです。」

田原「そうすると、湾岸戦争で多くのイラク兵が死んでるのを見て神様は、しめしめうまくいったぞと、こう見てるんですか。」

大川「まぁそうは、...」

田原「計画通りだって話なんですか。」

大川「まぁそうは言いませんけれども、あのぅ...」

田原「だって、今おっしゃる説明だとそうなりますよ。」

大川「だから人間にはね、やはりあのぅ新しい時代を作っていくためにね、命をかけるときもあるんですね。」

田原「新しい時代を作るために彼らは死んだんですか。」

大川「そうです。」

田原「ちょっと飛躍しますけども、広島で原爆で大勢バーンと亡くなったのも、あれは新しい時代を作るために、神様のシナリオ通りに死んだって話になりますか。」

大川「まぁ、神様のシナリオっていうのはどういうふうに見るかなんですけれども、」

田原「でも、さっきおっしゃった、その、進歩を求めるこのものと、それからその守勢ですか、守りのほうと両方作ったとおっしゃった。その結果あの戦争が起きてね。原爆でドーンと死んでいく。あれも神様の、このぅ、なんていうか、意志通りという話になるんですか。」

大川「ですから、もうひとつ、その意志っていうのはね、書いたようなプログラムだけで進んでいくものではなくて、ある程度のものを用意してね、切磋琢磨させるという、そういう面があるんですね。で、この世的に努力して、あなたがたで、どちらの考え方が優れているかを自分たちの力で実証しなさいと、こういうところがあるんです。」

田原「だけどね、原爆で大勢が死ぬのが、あれが神様の、つまり与えられた、つまり実験場だというふうになると、私達は、つまりあれ、もしも原爆で死んだ人がね、あんたたち神様の実験場で死んだよつったらね、これは、彼ら怒るんじゃないすかね。冗談じゃないよって。」

大川「はい。ま、それはね、個人個人のレベルでは、そういうこともあるかもしれないし、実際原爆を作ったのも人間であれば、落としたのも人間、判断したのも人間であることは間違いない。で、そういう意味でね、原爆が落ちて大勢の人が死んだってことは、これは神がいない証拠だっていうふうにそういうふうにとらえる方もいらっしゃるかもしれないけれども、」

田原「いや、私はいない証拠だとは言いません。もしいれば、神様はいじわるだと言いたいですよ。あるいは、いい加減だと言いたいんです。」

大川「というかね、あのぅ、もう今最終局面に入っているんですね。この原子力戦争っていうのが、これはもう大体最終局面で、これやってしまったら、この次の戦いって、もう無くなる段階なんです。で、たとえば今から四百年ぐらい前だと、戦国時代ね、日本のいろんな武将が戦ってた、天下、戦争ばっかりしてた、しかし、結局は統一したら平和が来たでしょ。これもいっしょなんですね。国際的にいろいろ最後まで行って戦いはするが、それで次の局面が出てくると世界が本当に一つになる局面が出てくるんです。だから、ある程度それは仕方がない面があるんです。」

田原「ちょっとお聞きしたいんですけど、原爆を作った人は、あれは神の、神を守護霊にして作ったんですか。それとも、悪魔を守護霊にして作ったんですか。どっちですか。」

大川「まぁ、それはどっちとも言いかねるところはあるけれども、」

田原「それは、言いかねるというのはおかしいんで、どっちかでしょ。だからどっちですか。」

大川「それはね、技術系の系統と言って、銀色光線っていうのがあるんですけれども、天上界の中でも科学者の光線ていうのがあるんですね。その光線ていうのは、いつも進歩発展、技術の革新を考えていますから、その指導の元に作ったのはまず間違いない。ただ、彼らは政治的な価値判断ていうのはできない人達でありますから、科学者はみんなそうですからね、ただ成功する、ただ前進することのみを求めてますから、これを使う段階ね、使用する段階で、また別途、違った価値原理が働いているんですね。」

田原「さっき、そのね、だけど、この大きな、ね、小さいところはともかくとして、大きいところでは、合っているとおっしゃったけれど、私は、小さいところが間違っていたら大きなところがあるはずはないと思いますが、で、しかも、小さいとこは、たとえばね、会社で、今不景気だからクビ切りしょうがないよと、大きい会社を作るために、経営者ならいいですよ。神様は、お前ら、ちょっと犠牲になれよと、大きいのためにと言ったらね、これ、1人1人の人間は救われないですよね。で、むしろ、神様にすがるのは、その弱い1人1人の人間ですよ。そこを、お前ら犠牲になれと言われたらね、これはね、ちょっと神様メチャクチャだという話になりますよ。」

大川「だから、田原さんの言っている犠牲ってのが、肉体のほうを言っておられるから。」

田原「ちょっと、ごめんなさい。そこをお聞きしたいんですが、CMだっていうんで、あの、挟んで行きます。はい。」

大川「あぁ、そうですか。うん」

S:ひきつづき肉迫!大川隆法/サンデープロジェクト
(CM)

田原「あの、今の問題ですけれども、その、さっきから私が一番の疑問はね、その、神様は、その、天下国家っていうか、大きなことのためにね、小さいことは少々あってもしょうがないじゃないかと、イラク兵が殺されたって、原爆でね、死んだぐらいは大したことはないんじゃないかと、言うふうに、おっしゃっている気がするんですが、私はむしろ、1人1人の人間が、弱い人間がね、私はどう生きれば良いんだと一生懸命すがっていくと、神様にね、それが、お前ら、少々、世の中変わるためにしょうがないじゃないかと神様に言われたら、冗談じゃないよと、怒ると思うんですがね、どうでしょう。」

大川「あのぅ、神様のね、意識の中での時間の長さがどんなものかってことを知らないといけないんですね。神様っていうのがね、どの辺で言っているかにもよりますけれども、かなり高い究極の神に近いところから、言えばね、千年は一日のごとしなんですね。千年を一日ぐらいに見ているんですね。」

田原「だって、人間は一日一日を生きるんですから、一生懸命に。だから、それやっぱり、神様から見て人間がどうかは知らないが、人間から見て神様っていうのはね、一日一日をきちんと生かしてくれるのが神様ですよ。だからそこを、お前さん千年の神だ、お前の一日なんか大したことないよったら、我々の人生どうすりゃ良いんですかって話ですよ。」

大川「ところがね、そのためにね、その救いのために、転生輪廻というものがあるんですね。何度も何度も生まれ変わる。その何百回も何千回もいろんな経験してるんですね。それで、いろんな、要するに、俳優さんといっしょでね、いろんな劇の役をこの地上でやってて、それがすべて魂の糧になって、経験になっているんです。」

田原「だって、その俳優で言えば、一つ一つの役目を一生懸命やるから、それは結果として、いろんな役をやっていくわけ。はじめから、いろんな役をやっているから一つ一つはどうでもいいんじゃないかったら、そんなことは全然逆ですよ。そりゃ。」

大川「そうじゃないんですよ。だから田原さんが言っている犠牲っていうのはね、役者さんでいったら、舞台で切られて、あぁやられた、血を流したっていう、あの俳優さんで終わったら、また控え室に帰ってまた和気あいあいと話し合っている。これが真相なんです。そういう役割なんです。」

田原「原爆で死んだのは、役割で死んだんですか。」

大川「おーぉきな目で見たらね。大きな目で見たらですよ。」

田原「そう言われるとよくわかんない。」

大川「ですから、魂は永遠なんです。」

田原「ちょっとお聞きしたいんですが、あの、この間 亡くなった昭和天皇は、そういうことを知ってて戦争をやったんですか。」

大川「昭和天皇自身は、生きてたときには、どちらかと言うと反対のほうだったと思いますけれども、」

田原「反対とは?」

大川「戦争等にはね。反対の考えだったと思いますけれども、彼自身、彼と言ったら失礼にあたるかもしれませんが、昭和天皇御自身は、やはり神格をもった方でいらっしゃるし、今も、帰られてもね、戦争責任を問われているわけでもなく、」

田原「問われませんか。」

大川「問われてないですね。」

田原「どうしてですか。」

大川「八百万の神々の世界にちゃんと帰っておられるんです。」

田原「戦争責任は誰にあるんですか。」

大川「ですから、戦争責任ていうのは、実際は、戦争責任じゃなくて、負けた責任なんですね。」

田原「はい。」

大川「負けた責任で、勝ったほうが正義になるんです。負けたほうが、」

田原「戦争って勝てばいいんですか。」

大川「勝ったほうが正義になっているんです。歴史では。」

田原「いや、歴史はどうでもいい。その、大川さんの考えでは、戦争は勝ちは官軍ですか。」

大川「勝てば官軍になってるんです。歴史はその通りになってるんです。」

田原「それで良いんですか。幸福の科学は、戦争ってのは勝てば官軍で良いんですか。」

大川「あのね、正確に正と邪があってね、明らかに悪があってね、それに対する聖戦というのはあります。それはあります。ただ、両方ともがね、本当にすばらしいものを作ろうとして、価値観が激突して、国家同士がぶつかるときはあります。このときに、神の正義がどっちにあるかっていうとね、もちろんそれぞれの国の民族心というのは、自分の国をだいたい応援しているものなんですね。で、結果、勝ったほうがね、やはり正義として流れていくんです。」

田原「と、あの、第二次大戦は、言ってみりゃ国家神道の、日本の、その天照大神をはじめとする神々と、それからつまり、えぇ、この、あの、キリスト教あるいは、アラーはどっちだったのかな、その、ね、神々との、神の戦争だったんですか。」

大川「まぁ、あの、大きく言うと、神というよりも、その国を作ってきた文化の優越性ですね。」

田原「すと、すると、あれは神と神の戦争で、日本のつまり神道系のね、神が敗れたってことですか。」

大川「外国と戦ったの、はじめてだったわけですね。」

田原「はじめて戦って負けたんですか。」

大川「負けたんです。」

田原「すると、今頃、天照大神をはじめ、あれ、自己批判やってるわけですか。」

大川「いや、全然してません。もう一回やり直すと言ってるだけで。」

田原「また、戦争するんですか。」

大川「いや、戦争ではなくて、今、こんどは経済でやってますね。」

田原「いや、ちょっと待って下さい。じゃ、負ける戦争をどうして日本の神々はやったんですか。神っていうのはそういうことを見越しているんじゃないですか。」

大川「そうでもないんです。やっぱり神と言っても人格神ていうのは、数も多いし、レベルもいろいろあるんです。」

田原「となると、あの戦争責任は、日本の八百万の神々にあるんですか。神様の失敗ですか。」

大川「まぁ、神様の失敗と、まぁ失敗ではないですね。」

田原「これ明治神宮に、明治神宮じゃないな、伊勢神宮に行って、ちょっと、あんた達 失敗したのかと、戦争責任を問わなきゃいけないのか。こういう話ですか。」

大川「ただ、伊勢神宮に祀られている天照大神、アメノミヤコノチノカミ、等はね、先の戦争のときに応援していたのは確かですね。」

田原「いや、だから、応援して負けたということは、いや、あの戦争の責任の主体は誰にあるかということを聞きたいんです。」
(CM)
田原「あの、今の、大変難しい問題だと思いますけれども、私達の世代としては重大な問題なんですが、はい、今度の第二次大戦の戦争責任の主体って誰にあるんですか。」

大川「まぁ、やっぱりねぇ、はっきり言って個人にあるのではなく、やはり、集合体と集合体とのぶつかりあいですのでね、日本的論理と、あるいはそうじゃない欧米的論理、どっちが本当の意味でね、世界をリードして行くのか、という価値観がぶつかったんですね。あの時点ではやはり欧米的な論理のほうが優れているという結論になったわけです。」

田原「するとね、その日本の軍人達はね、みんな兵隊行くときに、それぞれの八幡様、神様に祈って、神様の加護をえて行ったわけですね。死んだ。これ、犬死ですか。」

大川「いや、そんなことありません。ちゃんとそれは新しい経験をしているんですね。」

田原「だけどねぇ、つまり彼らは負けると思ってないですよ。それはやっぱり勝つために戦った。でも、じゃ、神様の世界では、これははじめから負けるシナリオだったんですか。」

大川「いや、負けると思ってた人もいます。実際にね。ただ、思ってなかった人もいたのは事実ですね。」

田原「じゃぁ、負けるために戦争させてね、大勢殺して、原爆でも死んじゃったとなると、これは私はやっぱり納得できませんけど。」

大川「ただね、田原さん、日本のね、神道が、神道、日本の神様、神道が中心ですから、言うと、古事記とか日本書紀をお読みになられたら、神々の歴史っていうのは、ほとんど戦争の歴史です。戦争しかしてないです。でね、戦争に反対しているのは、仏さんだけであって、神様は実際は好きなんですね。どっちかいうと。」

田原「神様は戦争好きですか。」

大川「仏様が反対しているんであってね、仏教だけですよ。」

田原「やめたほうがいいな、神様。あぶないな。これ戦争ばっかり。」

大川「仏教を信じれば平和が来るんです。だから、幸福の科学の教えを信じるとね、万教は一つ、すべてのものは多元的な価値としてね、神から別れ出たものであって、ひとつの兄弟なんだっていう思想が広まると、戦争はなくなるんです。」

田原「幸福の科学の中には、神道は入っていないんですか。」

大川「入ってます。だけどそれぞれがね、理解できないからお互いに戦争になるんです。キリスト教徒とイスラム教徒とか、自分のとこだけ絶対だと思ってるでしょ。私がやろうとしているのは、すべてのものが、どういう形で神から出てきているかということを説明しているんです。これがわかったときにね、共通の理解する基盤というものができてくるんです。」

田原「だから、いや、それはわかりますよ。だけど神道はわかるんですが、神々は理解できているんでしょ。神々は。」

大川「何をですか。」

田原「神様同士は。」

大川「何をですか。お互いにですか。」

田原「神様同士も喧嘩しているんですか。」

大川「えぇ。日本神道系の神というのも、ここ二~三千年あまり外国の神様と交流がなかったですね。」

田原「あ、仲悪いんですか。」

大川「霊界の中でも縦割りもあり横もあるんですが、そして独立しているんですね。」

田原「霞ヶ関みたいなもんですか。」

大川「はい、そうなんです。」

田原「縄張り争いがあるんですか。やっぱり。」

大川「民族心っていうのが独立していて、その地域に神様が住んでいるんですね。これと関係ないインターナショナルの神様っているんですね。」

田原「神の中にも陰謀があったり、足を引っぱったり、いろいろするわけですか。」

大川「たっはっはっはっは。まぁ、そういうふうに言えるかどうかしりませんが、」

田原「賄賂使ったり、いろいろするわけですか。」

大川「良い結果を出そうとしてね、努力しておられるかたが、いろんな形でやっておられることは事実ですね。」

田原「金丸信みたいな神がいたり、いろいろこういるわけですね。」

大川「ただね、やはり、大勢の人間、これだけの人間が生きてますから、なかなかひとつにまとめるのは難しくてね、やはり全体にとってプラスのほうはどうかと結論を出す人はいるんで、そのときに、その時点では文句を言う人達もいることはいるんだけれども、結果としてね、良い方向に持っていけばみんなが納得するんですね。そういう政治的な論理ときわめて似たものが、やっぱり神様の統治の額ですから、ひとつの、この中にもあるんです。」

田原「あのぅ、もう一つですね、ま、幸福の科学が今騒がれているひとつのきっかけは、FRIDAY事件ですね。まだやってらっしゃるんですか。」

大川「まぁ、今は被害者の会で、ときどきデモやってるぐらいだと思います。」

田原「あのぅ、大川さんがね、おっしゃってる、その宇宙をどうする、いや、地球をどうするという大きな視野から見ると、なんであんなFRIDAYぐらいにあんな一生懸命になるんですか。」

大川「まぁ、あれは、」

田原「あれ見るとね、まるで大川さんがフセインみたいな感じがしますよ。ちょっと。」

大川「えっへっへ。」

田原「フセインじゃない逆だ。ブッシュですね。」

大川「ふぁっはっは。」

田原「なんで、あんなにFRIDAYにね、大騒ぎするってことは、つまり、幸福の科学が、そのレベルかいなと思ったりね、いや、つまり、FRIDAYを大騒ぎしなきゃいけないスケールかなと思ったり、あるいはFRIDAYでやられたことが、そんなに致命的だったんですか。」

大川「まぁ、世直しの一環だと思っていただければ結構です。」

田原「あれは世直しじゃないですよ。世直しならばね、むしろすべてね、パフォーマンスだし、すべて行動は自己表現でしょう。やっぱりその幸福の科学の表現方法がね、あらゆる行動が幸福の科学を示すもんだとすれば、あそこに、なんかデモみたいに押し寄せたりするのは、あっ このレベルですか、って、みんな思ってしまいますよ。」

大川「まぁ、やったことは全部、言論あるいは表現の自由というものを行使してやってますね。相手もそうですから。そういうレベルでやってる訳ですね。」

田原「わかりますよ。でも、表現の自由もある、裁判もやっても自由です。そんなことはいいんですが、ただ、もしも幸福の科学がね、地球を救おうというね、新しいビジョンを、新しいイメージを地球の中にもってくるんだとすれば、やってらっしゃることは、いかにも次元が低い。なんか、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)が悪いとは言いませんけれども、かつて、ベ平連がやったみたいなデモ行進、スケールがそれほどでもないと。なるとね、あっこんなものかいなという感じがしてね。なんか、あれはイメージダウンだと。」

大川「いや、それはね、考えの間違いでね、日本のマスコミが戦後どれほどね、信仰心ていうものをね、足蹴にしてきたかということを気が付かなかった。これが大きな大きな罪として残っているんですね。だから、意識の改革としてね、信仰というものがどれほど大事なものか、神仏というものがどれほど貴重なものなのか、それを知っていただきたいためにね、あえて、みなさん光を落として、身をやつして、行動しているんです。」

田原「でも、それならば、そういうふうに説くべきであって、あそこでデモやったりFAXを止めたりね、FAXいっぱいやめてね、あそこのFAXを麻痺させたりするのは、これは、そういうことをやる行動の中から神仏は見えませんよ。」

大川「いやいや、ひとつはね、やはり会員さんがね、ひとつひとつ心を込めてね自分の意見というものを述べたのであって、それを邪魔されたかどうかってのは、結果論をね、向こうさんが言っていることをそのままみなさん伝えているだけでね、一本電話を入れる、一枚意見を書いてFAXを送る、手紙を書く、あるいは意見を言いに行く、こんなのはもうねぇ、ごく当然のやはり心情の吐露だと思います。」

田原「あのね、もしも幸福の科学が世の中に幸福の科学を何なのと問うならば、FRIDAY事件もあって良いですよ。世の中に問うべきなんですよ。どうして、FRIDAYやね、日刊現代やね、そういうところに、そのFAXがいっぱいになるような、麻痺するような、電話攻勢やデモやね、あるいはFAX攻撃をかけるんですか。これはだけど、これもなんか同じ次元の戦争ですよ。労働組合と会社が同じ次元で戦争するならば、そりゃいいですよ。だけど次元違うでしょう。」

大川「ただね、話をして、法を説いてわかるかたならば、それでも良いかもしれないけれども、わからない人に対しては同じようなレベルで話をしてあげないとわからないこともあるわけですね。」

田原「だって、大川さんが幸福の科学がやるべきは、FRIDAYや日刊現代に対してじゃなくて、世の中に対してでしょう。」

大川「そうです。」

田原「世の中に対しては何が見えるかと、何を幸福の科学はくだらないことをやってるんだと見えますよ。あれ。」

大川「その見方が間違いでね。ただ、あのぅ、」

田原「私は、幸福の科学のやってらっしゃることが間違いだと思う。だって私たち見えますもん。あれ見ると、幸福の科学というのも意外に次元が低いんだなと見えてしまいますよ。」

大川「まぁ、一罰百戒という言葉がありますけどね、まぁ、そういう意味でとらえていただければ幸いだと思ってます。」

田原「あのね、その、だから、FRIDAY事件が、やったことがね、あるいは間違いか、事実誤認かどうか、この問題じゃなくて、それに対して幸福の科学のやってらっしゃったことが、私は、なんか、こうね、自分たちの次元を低くしちゃっているんじゃないかと思う。」

大川「まぁ、そういうとらえかたの方もいらっしゃるでしょうけれども、ようやく幸福の科学も社会的に対してね、社会的な問題に対して意見を言うようになったんだなと、やっと行動もするようになったんだな、おとなしいお公家さん集団が、宮沢派みたいだった宗教団体がやっと、ちょっとは渡辺さんみたいなことも言うようになったんだなと見てる方もいるわけです。」

田原「あぁ、幸福の科学は宏池会ですか。」

大川「うふっふっふ。まぁ、そうじゃないですけれども。ちょっと品が良すぎてね。」

田原「少し、金丸さんとこ行って土下座もしようと。竹下さんとこ行って胡麻もすろうと。こういうことをおやりになりだしたということですか。」

大川「まぁ、違ったところにも手を延ばしはじめたということでしょうね。」

田原「ところで今、お話になっているのは、どなたが話しているんですか。」

大川「私がですよ。」

田原「いやいや、いろんな人が入ってくるんでしょ。今話してらっしゃるのは、誰。」

大川「今は私がしゃべってます。」

田原「今、大川さんですか。」

大川「はい、そうですよ。うっふ。」

田原「あぁ、今守護霊を出すまでもないと。わりと次元の低いことは大川さんがお話になって、次元の高いのはいろんな神様が来るんですか。」

大川「まぁ、内容によりましてね。」

田原「うん、するとFRIDAY事件は、大川さん御自身がおやりになった。」

大川「いや、そんなことはないですよ。」

田原「あれは、どなた。」

大川「まぁ、あの、当会の指導霊の中には、軍師もいるんですね。」

田原「あれは、軍師がやったんですか。軍師危ないですよ、軍師負けますよ。そりゃ。うん。今日は何人ぐらいお出になったんですか。」

大川「まぁ、主としては1人ですけどもね。」

田原「どなたですか。」

大川「えぇ、日蓮聖人の方が。」

田原「今日は、日蓮さんでやったわけですか。」

大川「はい。」

田原「なんで日蓮さんなんですか。」

大川「やはり、あの、田原さんの前前世が、日蓮さんのお弟子さんなんです。だから、先生もってきたほうが話しやすいと思ってもってきたんです。」

田原「お弟子さんですか、ふふふ。ちょっとよくわかんないけど。実は、時間がなくなりました。ごめんなさい。まだもっとお聞きしたいんですが、これ、あの、サンサーラって本なんですが、これの11月に出るところで(12月号で)大川さんと対談やってまして、えぇ、もっと詳しいことがこれに出てます。ぜひ読んで下さい。どうもありがとうございました。」(途中で♪エンディング曲開始)

大川「ありがとうございました。」

田原「またこれからも出て下さい。」

大川「はい、よろしくお願いします。」

田原「どうも、たいへん...(司会者へ礼)。」

島田「はい、来週はですね、サンデープロジェクト、お休みということでございまして、今日はあの、ゆっくりお話を聞かせていただきましたが、 よく私はちょっと難しくてわからなかったような気がしますけれども、はい、ではまた。再来週です。」

畑「はい。」

(大川主宰の明るい笑顔アップ)

畑「もうちょっと時間がございましたですか。」

田原「やっぱりテレビはお話しにくいですか。」

大川「いやぁ、しにくいですね。まぁ、これで最後にしようかな。うっふふふふふ。」

田原「そんなこと言わないで。」

大川「うっふふふふふ。」

田原「お客さんが見えないというのは。」

大川「そうねぇ。だから、聞いておられる方は一千万もいるんでしょうけども、それぞれ違った考えを持っておられるから、それぞれの方に話をしないと本当は説明できないんですね。どうしても田原さんという意識の高い方が相手に話してても、」

田原「僕は、意識が低いんですよ。」

大川「いやいやそんなことないですよ。」

田原「やっぱり、フェイス トゥ フェイスで。」

(放送終わり)


◆資料元 文字化Thanks
*希望の科学
http://hsforall.web.fc2.com/sundayproject.html


◆YouTube動画
*幸福の科学 大川隆法vs田原総一朗 初対談!1/4
https://www.youtube.com/watch?v=AYYTYnKiSV0

*幸福の科学 大川隆法vs田原総一朗 初対談!2/4
https://www.youtube.com/watch?v=D0GyfF4hpbU

*幸福の科学 大川隆法vs田原総一朗 初対談!3/4
https://www.youtube.com/watch?v=MIcFK9yvtPM

*幸福の科学 大川隆法vs田原総一朗 初対談!4/4
https://www.youtube.com/watch?v=kXTVMS5m0E8

 


情報誌『選択』2003年3月1日号 東京国税局記事

情報誌『選択』(2003年3月1日発行)P.117

二月に入って東京国税局に異変が起きている。広報室長が自殺した直後の三日、一階で新興宗教団体のメンバーと思われる人たちが声を荒げるなどの騒ぎを起こしたという。

その後「自殺を減らしましょう」などという言葉とともに、宗教団体の名前が入ったビラまきが大手町だけでなく霞ヶ関周辺でも行われた。

「法の網をくぐりぬけてはいるが事実上の脅しと同じ」と話す関係者もおり、それ以降、国税局正面玄関は「特別警戒中」の張り紙が出され締め切ったまま。警備員が警戒する中、出入りするすべての人に身分証明書などの提示を求める ものものしさだ。

この宗教団体には、昨年まで帝京大学などを手がけ、「天下の統実」といわれる課税部の統括実査官が、昨実務年度から税務調査に入っているとされる。今回の騒動はこうした調査を「宗教弾圧だ」と反発する同教団が行ったとの見方が大勢だ。

同教団に詳しい関係者によると、今回の調査では、多数の著作を刊行し高額所得者としても有名な宗教団体総裁の住宅に対する課税が焦点となっており、家賃分を事実上の給与とする国税側に対し、教団側は「神聖な場所だ」と教祖の自宅への立ち入りを長期間拒否した模様。

ことが教祖に対する税務調査だけに、教団側も必死で抵抗、調査官にも尾行をつけるなど、当初からかなりの抵抗があったという。同教団を問題視する政府・与党筋から「教団の圧力に屈せず厳正な課税処分」を求める声が高まっている。



◆解説
*幸福の科学統合スレッド part185 res784~800
 http://mimizun.com/log/2ch/psy/1189721079/

F153 ファルコン告発2007
http://sakurakaory.blog.fc2.com/blog-entry-582.html

ファルコン ◆7XmPtxANMU: 2007/09/20(木) 21:18

この「宗教団体」が幸福の科学で「宗教団体総裁」が大川隆法。

この記事の時点では、私は職員をクビになってはいたが、まだkk信者〔幸福の科学信者の略〕であり、かつ協力者リヴィア〔仮名〕が人事局にいたりで、情報収集をシンパの立場で熱心に行っていた。

状況としては ほぼ「選択」の記事の通りで、東京国税局は「家賃分を給与と看做します」「その分の所得税をお支払い下さい」「大悟館を税務調査させて下さい」と迫っていた。繰り返し、東京国税局の人々とkk側の「話し合い」が持たれていた。

国税の主張の論旨は私がこのスレに書いてある通りで(ただし、彼らはまだ宇都宮仏宝館と軽井沢精舎の問題に気づいていなかった)税務当局としての結論だった。

この記事でも微妙に反映されているが、既にkk側は「大悟館は非課税だから住んでいる大川も非課税」などと言う このスレの信者のような電波な主張はしていなかった。

住居と認めたら、その家賃分を給与とみなされ そこに課税されるとわかっていたからだ。だからそこでの争いはなかったのだ。というか、出来なかった。

そこでkk側が出してきたのが「そこは住居・自宅では無く、研修施設だ」という主張だった。 大川一家がそこに住んでいるのでは無く、研修を24時間しているのだ、と。そして教祖の研修施設に部外者(国税当局)を入れるわけにはいかない、と。

こんな主張を国税局側が呑めるわけなく、押し問答のような話し合いが長期間に渡って続いた。話し合いの場は主に戸越。

この辺の緊迫感は支部長レベルにも広まっていた。「もし大悟館に税務署が入ったら自分達は全員還俗しなくては」とある支部長が語ったと報告が来ていた。

そしてある日突然(文字通り突然)「もう大丈夫」と言う連絡が職員にまわった。その理由はリヴィアレベルではつかめなかったが、職員同士の噂として どこかの政治家に頼んだらしい・・・という話が流れていることを聞いた。

ここからもわかる通り、kk側は 家賃分は給与と看做され課税される ということは受け入れていた。

これは98年暮れまで経理に元大蔵省の人物がいたため、強く進言していたはずなのだ。「自宅と認めると家賃分を給与算定し、課税される」と。

だから、96年建設の宇都宮仏宝館は当初「教職舎」(職員寮)続いて「本殿」、98年建設の軽井沢精舎は「精舎」(kkでは信者の研修施設だわな)とされたのだよ。

国税当局も まさかそこが大川の専用住居だったり別荘だったりとは思わなかったわけだ。

kk側が守るべきは一点「そこは大川一家の住居や別荘では無い」と言うことなのだよ。

だから、以前「支部長が宇都宮仏宝館を総裁先生のお住いだと言っていた」と言う趣旨の書き込みで私は小躍りしたのだよ。非常に重要だ、と騒いだのは、そういう理由だ。職員が絶対に認めてはいけない点を認めた・・・・これが大切なんだ。

繰り返すが、法律問題はある時点までは決着している。大川は法人から提供された施設に家賃ゼロで居住している。

国税当局はそれを給与であり、所得税がかかると主張し、kk側もそこまでは認めているのだ。

問題はその先で「住居じゃないよ、研修施設であり、生活しているのでは無く、研修しているんだよ」と主張しているのだ。

と言う事は、だ。

大悟館、宇都宮仏宝館、北軽井沢精舎が「やっぱり住居・別荘であった」と国税当局が認定すれば、いつでも税務調査が入るのさ。

 
*関連記事
 F152 ファルコン告発2007
http://sakurakaory.blog.fc2.com/blog-entry-581.html

 
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『文藝春秋』 2009年8月号 大川隆法インタビュー

文藝春秋2009*480×695

■『文藝春秋』2009年8月号 [p321-327]
◆大川隆法インタビュー「ウチは創価より集票力がある」

――マスコミの取材を受けるのは十八年ぶりですが、なぜ今年五月という時期に幸福実現党をつくって、総選挙に臨むことになったのですか?

大川 常識的に考えれば不思議でしょうね。政党を立てるには準備から含めれば、最低でも一年はかかるのに、ほんとに四月中はまったく準備をしていませんでしたから、すべては「幸福実現党宣言」となる四月三十日の私の説法から始まって、五月になって急速回転で一カ月で全部立ち上げました

――その直接のきっかけは?

大川 麻生政権の統治能力の欠如です。北朝鮮の金正日対策を見てもふがいない。「金正日に残された時間はもう少ない」と私は見ているので、それだけに今回の核やミサイルの動きからは、金正日の高い本気度が読み取れる

 しかし自民党はこの期に及んで、まだアメリカが手助けをしてくれると踏んでいる節がある。もともと、自民党の外交政策については支援をしていましたし、一生懸命後押しもしましたが、麻生政権は末期状態に陥って、もちませんよ

 一方で、アメリカがオバマ政権になった上に、日本まで民主党政権になったら、国防上たいへんな危機だし、それが間近に迫っている。その政権交代へのせめてもの抵抗として、何らかの意思表示や行動をしなければならない、と考えました。国民が不幸な選択をしていくのだったら、その前に声を上げるのが一つの使命かな、と

――今回の政党結成にあたっては、霊界との通信があったと、公表しているが?

大川 事実ですが、信じる信じないは、人それぞれでしょう。ただ宗教の立場で申し上げれば、霊界との通信は非常に神聖で、それによって先が見える人の意見も重要なんです

――勝算はあるのですか?

大川「一議席も取れないのに候補者を立てて、どうするつもりだ?」とか「(九〇年の衆院選に出馬し落選した)オウム真理教のようになるぞ」といったご意見も耳にしますが、客観的に組織分析をした感じでは、幸福の科学の組織力は自民党や民主党よりも上です。自民・公明の連合軍の組織力も測定済みですが、たいしたことない。

 ただね、ウチの教団には選挙というカルチャーがまだ十分にはない。そのカルチャーを短期間で作れるかについてはリスクも相当あります。あとは教団としての本気具合をどうやって見せるか、が問題ですね。

――その教団の組織力を測る指標の一つに信者数があります。いま幸福の科学の信者はどの程度ですか?

大川 ウチは会費をとっていないので今現在の信者数を確定できないんです。何をもって信者数の基準にするかは各教団の裁量に任されていて、ウチは信者だけに渡される根本経典『正心法語』の発行部数が基準です。一九八六年から現在までの累計部数が一千百万くらいでしょうか。

――これまでの選挙ではどこの政党を応援していたのか?

大川 ウチの信者には自民党支持者が多かったけれど、民主党や社民党、無所属議員の支持層にまで広がっています。過去の選挙では、与野党の候補者双方がウチの信者だったケースもあって、その場合、どちらに投票するかは信者個々人の判断でした。

 そして信者の国会議員は、自民党、民主党を合わせれば、百人近くいらっしゃいます。ところが最近は、政治家のほうが宗教の票だけを利用しようとしますからね。

――今回の選挙では、信者が他の政党から立候補した場合はどう対処するのか?

大川 ウチは寛容な教団ですから、これまで同様、自民党や民主党から立って当選しても信者として残れるとみんな知っているんでしょうね。しかし、信者としての心の教えの方はついてきていても、政治のほうは政党の考えがある。

 幸福実現党の求心力をもう一段高め、本気度を有権者の信者に伝えるためにも、今回の選挙で幸福実現党は情け容赦なく三百小選挙区すべてに候補者を立てたのです。

――情け容赦なくとは、これまで支援してきた自民党に対してですか?

大川 いや、自民・民主の両方に対してです。選挙区によっては自民党、民主党、幸福実現党の三人の信者の候補者が争うところも出てくる。これまでは、そこの信者はどちらかの候補を応援していたはずなので、今回は双方にとって厳しい選挙になりますよ。

――全選挙区での候補者擁立は無謀では?

大川 われわれは、いざという時には政権の受け皿になる覚悟があるから、全部で三百五十人近い候補者を立てたんです。(選挙区を絞り込んで)二十とか三十という小規模の選挙になれば、相当な率で当選する可能性はありますが、それではただ政界に進出するだけで、意味がありません。

自民も民主もダメだ、と国民が判断したときのために受け皿となるべく、急ごしらえで政党を作ったのです。

 同時に、ウチの政治的な意見をストレートに表現するのには、やはり政党があったほうがいい。

――しかし、政界やマスコミでは「議席はゼロではないか」と予測しています。総裁自身の目標議席はいくつ?

大川 ハハハ。それが聞きたいんでしょうね(笑)。我々は「勝敗ラインが下がって、ラクな戦いになった」なんて喜んでますがね。

今の民主優勢の状況が投票日まで続いて、鳩山民主党が大勝利するとも私は思っていません。民主党にもアキレス腱がきっと出てくる。

そうなった時に、自民も民主もダメだとなって、天の利が注いで「お待ちしておりました」「まさかの時の幸福実現党」という躍進があるでしょう。

 ただ、総選挙で終わりではなく、自民党や民主党で当選した議員から幸福実現党に移る人が必ず出てきます。

――つまり選挙後の政界再編も視野に入れている、と。

大川 そう。一定の議席が確保できれば発言力も増してくるので、再編の形に関してもイニシアティブがとれるかどうか。数でいえば、派閥一つ分が最低ラインかな。

――ということは、二十~三十議席が目標ですか。かなり強気ですね。

大川 派閥一つって、そんなに少ないですか?そんな数じゃ、泡派閥ですよ(笑)。最悪の場合でも自民党の大きめの派閥くらい。

――最大派閥は清和会の衆参併せて約九十人ですから相当数。公明党をも上回るのですか。

大川 負けるとは思いません。向こうは小選挙区には八選挙区しか立てないんだから、そもそも第一党になる気さえないでしょう。

――十八年前のインタビュー(本誌九一年八月号)では、大川総裁自身、「失礼かもしれないけど」と断った上で、公明党結党が創価学会の失敗だった、と断罪していますね。

大川 はい、言いました。

――それを宗教団体の政治進出に対する批判だと受けとめました。しかし、今回の政党結党はそれと同じ轍を踏もうとしているように見える。幸福の科学は変質したのですか。

大川 それは考え方の違いもあるでしょう。向こう様は、我々に対して「次元が違うよ」と言っているようですが、それはウチも一緒。「その通り、次元が違うよ」とお答えします(笑)。

国内の様々な宗教団体にお聞きになれば分かるでしょうが、戦後の宗教のイメージを悪くした団体は一体どこか?挙がるのは、ただ一つですよ。やはり創価学会・公明党のイメージの悪さが、宗教全体のイメージの悪化とイコールになって何十年と広がったことに、宗教界全体は迷惑しました。

 その公明党は唯一の宗教政党としてすでに国政にいるにはいますが、これは宗教界の意見を必ずしも代弁していません。むしろ公明党とはまったく違う考えで動く宗教政党があることを知っていただく方が、日本国民の啓蒙にもいいんじゃないですか。

――しかし反面、創価学会は公明党を持つことで、政治に対して自分たちの考え方を反映させ、力を行使できる、ということを示した宗教団体ともいえます。それだけに、公明党をモデルにして幸福実現党を立ち上げたと受け止める人も多いと思います。

大川 いやいや、あれでは困ります。

――具体的には、創価学会・公明党とどこが違うのですか?

大川 二つありますが、なにより「教え」と「信者の行動パターン」を見れば全然達います。創価学会の教えの基には「真善美」がありますが、途中から「真」を「利」に置き換えた。「利」が一番、つまり欲望を肯定したわけで、これは仏教の教えと正反対です。突きつめれば、基本的に現世利益だけの宗教なんです。

 もう一点、創価学会は激しい他宗排撃をしましたが、その点、ウチは他宗に寛容で、他宗教に属する牧師や住職も信者にいます。天台宗だと千日回峰を達成した人も信者にいるし、浄土真宗系の教祖様もウチで活動しています。相当懐が深いんです。

――近年の宗教政党では、オウム真理数の歌を歌いながらの選挙運動の記憶が今なお鮮明です。

大川 怖かったね、あれは。当時、新幹線に乗ってたら隣の席で歌われて、逃げ出した思い出があるよ(笑)

――そのオウムの変質は、あの時の選挙の失敗がきっかけだった、といわれています。

大川 いやいや、オウムは宗教政党とは違いますよ。あれは、選挙前にすでに殺人事件を起こしていたから、国会議員になれば不逮捕特権があるので逃れられると思って立候補したのでしょう。

 それに、オウムとは教団規模からして全然違います。オウムは信者数が一万人でしたが、ウチは活動拠点が支部や末端の布教所まで合わせれば国内で一万カ所もあるんです。これだけの大規模な活動拠点をもつ攻撃力の前には、他の政党だって震え上がります。

 はっきりいえば、自民党と民主党を、丸ごとM&Aするくらいの覚悟で、政党を作りました。今年すぐは無理でしょうが、数年かければ両党とも抜け殼のようになっていきますよ。

――M&Aと仰いましたが、仮に自民党も民主党も買い取るとなると、相当なお金が必要です。
大川 M&Aというのはあくまでも譬(たと)えた話であって、実際にはわれわれの政策に共鳴してくれる政治家や政党があれば、吸収合併していくということです。

 ただお金の話は訊きたいでしょう。マスコミ的には書きたいはずですよ(笑)。興味本位で書かれるのも困るのですが、初動期である今はともかく、将来的には政治資金面でも自民党や民主党に見劣りはしないでしょうし、吸収できる余地は充分ある。

――幸福実現党の政治資金は、幸福の科学で全額負担するのですか?

大川  いえ、いまは教団が立て替えて政党に貸し出していますが、それは最初だけ。政党組織も徐々にできてきて、政党会員からの資金集めも始まっています。候補者の後援会組織もできてくれば、こんご政治資金がどのくらい集まるかも、これまでの宗教の実力から推測できます。決して少ない額ではありません。

――夫人の大川きょう子党首が政教分離について「宗教施設を政治的に使ったり、宗教法人の役職に就いたまま立候補することも、法的には問題はない」と発言されたが、これについてはどう考えますか?

大川 今の段階は、ある程度仕方がないでしょう。今後は政党として自前の組織や施設、資金を調えていきますので。何らかの母体がなければ政党はできませんから、一、二年は緩めに見ていただきたいですね。

――三百小選挙区全てに候補者を立てるには莫大な供託金が必要です。一人三百万円で三百選挙区だと合計九億円にも及びますが?

大川 小さい、小さい。そんなゴミみたいな(笑)。その質問は、トヨタ自動車に「株価が何円下がったら潰れますか」と質問するのと一緒ですよ。トヨタだって、単年度では赤字決算が出たとしても、会社本体はビクともしないでしょ。

ウチも仮に九億円没収されたとしても、それで潰れるような教団ではありません。財務体質からみても、「宗教界のトヨタ」ですから、ウチは(笑)。

――政党党首にきょう子夫人を選んだ理由は?

大川 やはり能力と知名度です。立党後に党首交代したので家内は二代目党首といわれていますが、ほんとうは三人目の党首なんです。当初は教団内で実力のある別の人間を立てていましたが、選挙を考えるとポスターが大事でね。で、周囲の意見を聞いたら、一般の人にも人気がでるような選挙ポスターの顔に誰がふさわしいかという議論の末に、饗庭(直道)君を二番目の党首にしたんです。

ただ並んだ政党幹部の顔ぶれを見渡すと、彼が教団内の役職で最も格下だった。他は元理事長とか元専務理事と、かつての上司ばかりで「浮動票狙いの外向けの顔にはいいけれども、内部的にはきついだろう」と。彼の教団内の知名度も一割にも満たないくらい低かった。

 その点、家内は教団内の知名度も一〇〇%だし、記者会見の対応や質疑応答の能力も高かった。ならば大川きょう子を党首にして戦うのが良かろう、と3番目の党首になった。このとき四番目の候補は実は私でした。さすがに弟子たちに「勘弁してください」と引き止められましたがね(笑)。

目標議席を獲得するのだって、党首の勇気次第です。饗庭君から家内に交代しただけで、当選者はたぶん3倍以上になりますよ。

――本気ですか?

大川 もちろんです。他教団の中には「選挙に出るのは、どうせ宣伝でしょ」と言う人もいますが、家内まで引っ張り出して、それも党首にしたのは、教団が赤っ恥をかく覚悟があることの証です。本気度の現れですよ。

――その夫人の能力は、政治家として活かされますか?

大川 少なくとも麻生太郎や鳩山由紀夫より、ウチの家内は優秀です。手腕を実際に見てください。いざ戦えば、麻生太郎や鳩山由紀夫の首は落ちますよ。

 考え方はアングロサクソン的ですね(笑)。日本の女性には珍しいくらいに、物事の白黒をはっきりつけるし、指揮命令も明確。大軍を動かす将に向いています。サッチャーやヒラリーなど、女性の政治家もいるけれど、家内はヒラリーみたいに軟弱じゃない。とても怖い存在ですよ。

 家内は、私とも考え方が違います。家内がアングロサクソン的だとすれば、私は和洋折衷型。同じことを聞かれても、私と家内から同じ答えが返ることはまずありません。その意味では、考え方や判断のレベルでも、政教分離は最初から成立しています。

 そうなると、まぁ私は松下幸之助みたいなものです。幸之助の思想を基にPHP運動(Peace and Happiness through Prosperity=繁栄による平和と幸福)が起きましたが、死後までその運動は残りましたね。ウチの政党も、私が関わらなくても、あとは組織自身の意志で動いていきますよ。

――政策面では、与謝野大臣を「貧乏神」と批判して経済成長を謳ったり、北朝鮮をめぐる安全保障、それに公教育の改革がメインですか?

大川 そうですね。政策の基本は穏やかな保守本流ですが、ラディカルなことも辞しません。

 安心できる公教育の実現という政策も、きっかけは私の三男のいじめ問題です。「週刊文春」なども書いたからご存じでしょう?

問題を解決する能力のない何十万もの教職員と闘うには、大ナタを振るわねばならないし「利害関係のない宗教でなければできない」とも言われた。

それで、三男には「名前を出したら学校へ行けなくなるかもしれないが、いいか? 嘘だと思われるといけないので実名でやるぞ」と私が言って、いじめ問題にも教団を挙げて取り組んだんです。

――「新・日本国憲法試案」では「天皇制その他の文化的伝統は尊重する」とする一方、直接選挙で選ばれる大統領を国家元首と定めました。

大川 日本の指導者のふがいなさの原点は議院内閣制にあると考えています。つまり首相は間接選挙でしか選べない。その点、直接選挙で選ばれた大統領ならば、指導力を縦横に発揮できます。今も憲法下では、日本の元首は天皇か首相かどちらとも解釈できますが、日本が民主主義を貫くのなら元首は大統領だと明確にした方がいい。

 天皇制自体については、二千六百年の歴史の中でも政治的存在の時代と文化的存在の時代の両方がありましたね。明治維新以後の近代の明治憲法下では天皇は政治的存在になったと思いますし、その意味では昭和天皇は開戦責任や敗戦責任のリスクに晒されました。

これからの将来においても、日本は北朝鮮と中国、この二つと戦争する可能性が高いと見ているので、やはり天皇は温存して、国民から直接選ばれた大統領が矢面に立つべきだと思っています。

――幸福の科学がもっとも注目されたのは、九十年代初頭から前半です。九一年には講談社への激しい抗議活動を行ったいわゆる「フライデー事件」があり、九五年には「三塚博総理大臣待望論」や「創価学会亡国論」を出版するなど、マスコミの寵児の一面もありました。
 しかし、この九五年から二〇〇五年頃までは静かだった印象を受けるのですが、その理由は?

大川 それは鋭い指摘ですね(笑)。宗教の発展とマスコミの評価は正反対。マスコミに登場する時期に宗教は発展せず、逆に出ない時期にこそ、停滞か消滅したかと思われがちですが、実は発展するんです。会社だって、経営者があんまりマスコミに出すぎたら潰れるとよく言われるでしょ。

ドラッカーもたしか経営者が宣伝をやりすぎるところはダメだ、と書いてます。マスコミに出ても、活動エネルギーが削がれる上に収入にもならないし、目立てば敵も増える。疲労困憊するだけでしたね。

 その点、ウチの教団でいえば、信仰の伝道や資金集めの「植福」、それに活動拠点作りなども、静かにしていた九五年からの十年間は、全てが上手く進んだ発展期。活動拠点も、それまでは高い家賃を払ってレンタルしていましたが、大型研修施設や支部など全国で二百数十カ所の拠点を、一円の借金もなく全部自前の資金で建てることができました。

 今回の政党設立でまたマスコミに出ると、いっぱい叩かれるだろうから、発展も止まるかな(笑)。来年以降はちょっと苦しくなるかもしれないけれど、国難の時期だからしょうがない、意見はやっぱり言わねばならないと、諦めてますよ。


◆資料元
QHS [幸福の科学資料ブログ]
http://spiruna.blog89.fc2.com/blog-entry-481.html

 


『週刊現代』2009年9月9日号 梶谷学逮捕

『週刊現代』2000年9月9日号 [p52-53]
◆被害者告白!「幸福の科学」職員が強奪した「100枚のパンティ」

 「私が奪われたパンティの色は、黒。ブラと同じ柄の青い刺繍が入っていて、上下揃いのお気に入りでした。サイドはレースでセクシーだったから、カレと会うときに穿く勝負パンツだったんです」

 今年1月から、品川区内を中心に、女性がパンティを中心とした下着を強奪される事件が、連続して45件発生していた。本誌は、被害者の一人である坂谷圭子さん(24歳=仮名)に接触することができた。取材に対して、坂谷さんは冒頭のように語った。

 7月21日、深夜、東京・港区内で帰宅中の25歳の女性会社員が、後ろから引き倒され、下着を強奪される事件が起こった。今月19日にも同様の事件が起こり、緊急配備中だった警視庁は、強盗致傷と強制猥褻の疑いで、品川区に住む「幸福の科学」職員の梶ケ谷学容疑者(34歳)を逮捕した。現場近くにいた同容疑者は、パンティを3枚所持していた。

 同容疑者には、離婚調停中の妻と、娘が一人いた。

 24日現在、梶ケ谷容疑者は、いっさいの容疑を否認している。だが、家宅捜索により、「幸福の科学」寮内の容疑者の部屋から約100枚のパンティが発見されている。警視庁は連続強奪事件についても、同容疑者による犯行の可能性が高いとして、裏付け捜査を進めている。

 坂谷さんは、今年(2000年)3月に被害に遭い、警察に届け出ていた。身長165cmで、タレントの優香に雰囲気が似た坂谷さんが、遭遇した強奪魔の手口について、話してくれた。

 「犯人の男は、身長175cmほどで、短髪のさっぱりした雰囲気でした。ブルーのジーンズに、グレーのパーカ姿でした。3月末の日曜日、夜中の3時ごろ、私が住むマンションの郵便受けを、ゴソゴソ確認していたので、同じ住人かと思いました。引っ越したばかりの私は、ゴミを捨てる場所を聞き、そこに捨て、部屋に戻ろうとしました。

 ところが、彼は私と目線が合うと、おもむろに屈伸運動を始めました。不気味だったので、オートロックのマンションの中で迫られるよりは、と思い、近くのコンビニに走って逃げようと考えたのです」

 当日の坂谷さんは、ヒールが15cmの黒のロングブーツに、スリットが入ったひざ丈のスカート姿。水色のカットソーの上に黒いハーフコートを羽織っていた。

男の横を通り過ぎた坂谷さんの背後から、「そこじゃないよ! ダメだよ! 怒られるよ!」という叫び声が続き、しかも、だんだん近づいてきた。アッという間に追いつかれて、後ろから押された坂谷さんは、膝から崩れるように前のめりに倒れた。

 「気づいたら、口を塞がれたまま、男の顔が私の目の前にありました。その目は、血走っていました。腕で払おうにも、四つん這いの体勢に押さえ込まれ、動けません。

 アスファルトの上でもみ合いながら、悲鳴を上げて助けを求めようとしました。でも、ひと言発するたびに、ものすごい力でロを塞いでくる。手と口の間にわずかな隙間ができるだけでも、グッと押さえつけられてしまう。大げさではなく、このまま殺されてしまう気がしました」

 男は荒い息をするだけで、終始、無言だった。そして、ロを塞いでいるのとは別の手を使い、スカートをたくし上げて、お尻のほうからパンティの中へと忍び込ませていった。上半身にはまったく触れず、股の奥まで手を伸ばしていき、執拗に陰部の周辺をまさぐり続けた。

 「ずっと抵抗していました。でも、あの体勢では、腰をよじることしかできなくて‥‥。なんとか、指を挿入されることだけは防げだのが救いです。抵抗を続ける私に、あきらめたかのようでした。

 男は、パンティの股の部分を鷲掴みにして、力任せに破り、お尻のほうからパンティを抜き取ると、一目散に逃げていきました。パンティのサイドのレースが破れたのだと思います。男の片手に握りしめられたパンティが、1枚の布のようになって、ヒラヒラとはためいていました。

 被害に遭ってから半月ほどは、一人で外に出られませんでした。昼間でもマンションの部屋に閉じこもりきりで、近くのコンビニに行くのも怖くて‥‥。目に入る男性が、みんな犯人に見えてしまうほどひどい状態でした」

 このような行為を繰り返し、100枚ものパンティを強奪したとすると、梶ケ谷容疑者はビョーキといわざるをえないだろう。10力月前に、運転手として採用した「幸福の科学」は、逮捕後、同容疑者を懲戒解雇とした。罪を犯したとはいえ、信仰する者を救うのが、宗教団体の務めではないかとも思うのだが‥‥。

同教団に取材を申し込んだところ、書面で、「自浄作用の働かない貴誌に対しては『無記』をもって回答とする」(広報部)

という意味不明の回答があった。信仰によっても救われなかった梶ケ谷容疑者が、なんとも憐れである。


◆資料元
QHS [幸福の科学資料ブログ]
http://spiruna.blog89.fc2.com/category10-13.html
 


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